社長令嬢として生きてきた二十五年間、料理は全て家政婦任せ。作ろうとも思わなかった。
食事は買うもの、もしくは作ってもらうもの。そう思い込んで生きてきた私が、今は家政婦として生きているのだから、人生は何が起きるか分からない。

家政婦の仕事の中には、バレンタインのチョコ作りは入ってない。完全に時間外労働、ただ働き。誰かのために働く、ただ働き、貧乏と同じくらいに大嫌いな言葉だ。でも、......。雇い主兼婚約者を思い浮かべ、今年は急に思い立ってしまった。作ってみよう、と。
いつもはつい辛辣になってしまうけど、たまには素直に気持ちを伝えたい。


バレンタイン当日、作り方を検索し、材料を揃えて、作っていく。設定した時間が過ぎオーブンを開けると、そこにあったものは美味しそうなチョコレートのシフォンケーキ、ではなかった。
ふんわりと膨らむはずだったソレは、見るも無惨なほどに潰れているどころか、ひび割れてバラバラになっている。説明通りに作ったはずなのに、何でこうなるのよ......!


「これはひどい。
膨らまないまではまだ理解しても、どうしたらこうなるんだ?」

あまりの惨状に呆然としていると、いつの間にか帰ってきていたこの家の家主の秋人が、呆れ顔でケーキの残骸を手に取っていた。

「私はちゃんと説明通りに作ったのよ?まあ途中面倒になって、多少過程を省いたりはしたけど」

秋人の手から残骸を取り上げ、ゴミ箱に捨てようとしたけれど、秋人はそれを無言で取り戻し口に含んだ。