3年後、あの約束の続き
記憶の扉 2


物心ついたときには、『あきら』は『あきら』だった。
出会いは2歳の頃らしいが、覚えてはいない。

小学生の低学年、『章』という漢字を教わった。
この時初めて章という漢字と、彼が初めて結び付いた。
口頭のやり取りだと、漢字を意識する機会がなかったからだ。


「そう言えばエミってどう書くの?」
宿題の漢字ドリルをしながら、章が聞いた。

「『愛(あい)』に『美しい』と書くの。『愛美』で『えみ』」

名前を書いて、説明する。

「でも大抵『あいみ』か『まなみ』に間違えられるんだよね。なんか悲しいなー・・・」

そう言うと、章は不思議そうな顔をした。

「エミはエミじゃん」

そうだよね、と言ってドリルを続ける。


「瀬崎って難しいよね。漢字」

そう言うと章は

「渡邊の方が難しいよ。『邊』って何?習うの?」

私はうーんと、お母さんの言葉を思い出す。
「普段は簡単な『辺』でいいんだって。正式な書類だけ」

「正式な書類って何かある・・・?」

再びうーん、と考え込む。

「結婚するのに、書く紙とか」

そう言うと章はこう言った。

「じゃ、『瀬崎』も『渡邊』も書けるようにならなきゃいけないのか」

意味がわからず「うーん」と言ってドリルを続ける。


数分後、章の言った意味に気付いた。
はっとして顔を真っ赤にして章を見るが、章は淡々とドリルをしていた。



私の遠い昔にある、淡い記憶の話。
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