幽霊と私の年の差恋愛



「なんで……なんで助けようとなんかっ……」


事の顛末はこうだ。


美波が廃ビルから飛び降りようとしたその時、たまたま下を通行中だった真糸がそれに気付き助けようとして駆け寄り、直撃。

低層ビルであったため美波は一命を取り留めたが、真糸は打ちどころが悪くそのまま息を引き取った。


「あの……す、すみませんでした……」


死ぬ気であった美波にとってはありがた迷惑なわけで、「余計なことを」と思わず冒頭の言葉が真っ先口をついた。しかし、まずは謝罪しなければとようやく思い至る。


「まぁまぁ、そんなに謝らないで、頭を上げてよ」


ベッドの上で深々と頭を下げた美波に、真糸は軽いトーンでそう告げた。


「いえ……たしかに死にたいとは思っていましたが、誰かを巻き添えにしようとは思っていなかったので……ちゃんと下も確認して飛び降りたし……。不可抗力とはいえ、すみませんでした……」


思い詰めて自殺を選択するくらいには美波は元来、生真面目な性格の持ち主だった。

親の期待する通りに優等生な学生生活を送り、地元の国立大学に進学。小学生の頃から学級委員や生徒会など、表立った活動も多かった。

誰かに評価されることが、美波の存在価値でもあったのだ。

もっとも、大学在学中にできた彼氏にほだされ、就職先は地元を遠く離れた東京を選んだことで、親からは大激怒され疎遠となってしまったが。


「それにしても何故か僕、気付いたら君の側から離れられなくて困ってるんだよねぇ」


先程から謝り通しの美波をどうにかすることは諦め、真糸はうろうろと室内を歩き始めた。


「えーっと彼女の名前は……そうそう、安西美波ちゃんだ。安西美波をA地点として、藤原真糸をB地点とする……BはAを基点として半径約10m移動できる……この時我々の世界の物理的法則は……」


何やら独り言を呟きながら歩き回る真糸。

眉間を親指と人差し指で揉みながら、うろつくその身体は椅子やベッドサイドに置かれたモニターなどをすり抜けている。


「あの……真糸、さん?」


確かめるように名前を呼ぶと、彼はようやく足を止めて美波の方を向く。


「ん? ああ、悪いね。こう見えても僕、生物学者なんだ。こういう非科学的な事象に直面しちゃって、今頭をフル回転させてたとこ。霊体=意識と捉えるならば、立派に生物学的分野からアプローチすべき問題だ」


しかし真糸は、大きなため息をついてお手上げポーズをしてみせた。


「でもぜーんぜん分からないんだよね。見ての通り、僕はこうやって物をすり抜けられる。それなのにこの椅子には座ることができる」


真糸はまたうろうろと歩き始めた。


「しかし君から一定の距離を離れると、物理的障害の有無に関わらずそれ以上は進むことが出来ない……うーん……」


再び自分の世界に入り込む真糸に、美波は先程から疑問に思っていることを恐る恐る尋ねた。


「怒らないんですか……? 私のこと……」


「ん? 怒る? 何故だい?」


「何故って……」


足を止め、心底不思議そうな真糸に、今度は美波が首を捻る番だった。


「だって、真糸さんは私に殺されたも同然なんですよ……私が、真糸さんの未来を奪ったんです……」


俯く美波に、真糸はふと柔らかい笑みをこぼす。そっと彼女の頬に手を添えるも、やはり触れることは叶わなかった。

美波は頬にひやりとした冷気を感じ、少しだけ顔を上げる。


「君が気に病む気持ちも、まぁ分からなくはない。でもね、美波ちゃん。君が助かって良かったと、僕は思っているよ」


それに、と真糸は続ける。にやりと浮かべたいたずらっ子のような笑みは、恐らく実際の年齢よりも彼を幼く見せているのだろう。


「僕は学者として、こんな貴重な体験ができていることに少しワクワクしているよ」


アッシュの瞳と、視線が交錯する。その瞳に、嘘はないような気がした。










< 4 / 32 >

この作品をシェア

pagetop