君はヴィラン ―冷血男子は結婚に懐疑的―
彼の価値観
 由真が恐る恐る藍の方を見ると、藍は特別不快を表情にするでなく、無表情なまま一瞬だけ由真の方を見た。

「座りませんか、時間が惜しいので」

 突き放すでなく、優しげでもなく、至って事務的な口調で藍が言うと、由真もすとんと椅子に腰をおろした。

 しかし、二人きりになっても、先ほど同様何か話すわけでも無く、藍は黙ってじっと由真を見ている。軽蔑されるのもつらいが、これはこれで居心地が悪い。

 さっきまでは、互いに無言であっても、心地よかったのに……と、耐えられず由真が口を開いた。

「あの……すみません、私、ガラが……悪くて」

 ガラが悪いなんてものではない、完全にあれはヤンキー口調だった。由真の家は代々津久根市在住。つまり、近隣町村が集まり、市になる前からの住人だ。そのせいか、よくも悪くも地域に密着した、というか、土着性が強い、というか、北関東の荒っぽい気質が受け継がれているようで、親戚筋だけでなく、近所の子供たちも同様に少々ガラが悪い。

 由真も、そうした環境の中で、周囲の環境に染まりきっていた。

 小学校の頃などは、隣の市から赴任してきた教師が、『学級崩壊か?』と心配したほどだ。

「しかし、恫喝としてはあれでよかったのではないでしょうか」

「え……? 恫喝?」

 いや、そこまでは、と、由真が言う前に、藍は続けた。

「彼女の態度は、相手を不快にさせる意図が明確でした、あなたはそれに対して率直に答えただけです、へんに取り繕うよりも、話が早くて確実でした、ありがとうございます」

 まさか礼を言われると思わなかったので、由真は驚いた。

 あまりしゃべらない人なのかと思っていたが、一度会話になると藍の舌鋒はなかなかに鋭い。

 由真は、自分自身を女らしくないと思っているが、藍も、なんというか、少しばかり変わっているように感じた。

 けれど、彼が言う、気を回さない、率直さというのは、由真としては好ましい。

 婉曲に相手を思いやる事ができたら、それはそれで素晴らしいとは思うのだけれど、由真の短気さはそうした行動にあまり向かない。

 快、不快で相手によって態度を変えるという意味では、先ほどの緩嫁と大差が無いなと思いつつも、自分を肯定されるというのはうれしいものだ。

「そんな……お礼を言われるような事では……」

「私は、そのような姿勢を好ましいと感じます」

 一ミリも感情が動いていない様子で、藍の鉄面皮に変化は無いのに、ふいに好意を言葉で示されて、由真はどきりとした。

 自分が興味をもつように、藍にも興味を持って欲しい、と、思った。

 しかし、今は仕事中なのだ。由真は、もやもやと浮かぶおぼろな恋心のようなものを、必死で心の中で散らす。
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