真夜中だけは、別の顔
真夜中だけは、別の顔


   *  *  *

 静かに響くドアの開閉音。
 ひたひた──と近づいてくる小さな足音は、今夜も伊吹《いぶき》の部屋の前でピタリと止まる。

 再び響くドアの開閉音。
 静かな足音はさらにこちらへ近づき、伊吹のベッドの縁まで近づいてきたかと思うとそこで再び動きを止めた。

 伊吹は今夜も目を閉じたまま。

 ギシ、とベッドの軋む音。スル、と響く布擦れの音。
 ギギギ、と再びベッドが軋み、ベッドの中に心地よい人肌のぬくもりが滑り込んで来た。

 伊吹の身体よりひとまわり大きなその人肌は、背中から伊吹を柔らかく包み込み、ぴったりと隙間なく身体を寄せるとほっとしたように息を吐いた。
 その吐かれた息からはほんのりとしたアルコールの香りと混じり合う男の香り。
 背中から伊吹の身体を包むように回された彼の手は、いつも決まって伊吹の身体の中心に添えられる。
 腹部にじんわりと感じる彼の手のひらの熱。添えられたまま、時折ピク、と指先が揺れる程度でほとんど動くことはなく、ただそこにじっと添えられている。

 真っ暗な部屋。余分な映像も、音も、匂いもない。
 ただ、触れられているという感覚だけが研ぎ澄まされる。

 ドクドクドク、とただ静かに刻む自らの鼓動。
 トクトクトク、とただ静かに背中に感じる彼の鼓動。

 伊吹はただ目を閉じて、その感覚を受け止める。
 最初はほんのり冷たい彼の手は、やがて伊吹の体温に馴染み、まるで身体の一部のように一体となり溶けていく。
 
 こんな夜を過ごすのは、これで何度目になるだろう?

 そんなことを考えながらも依然目は閉じたまま。
 やがて耳の後ろで規則的に繰り返される小さな寝息に伊吹はただ安心したように深い眠りへと落ちて行く。


  *  *  *

 
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