冷酷な騎士団長が手放してくれません
月夜の晩餐会



春が過ぎ、リルべの緑が最もみずみずしくなる季節が来た。


世の中が過ごしやすくなるこの時期から、貴族の邸では夜会が頻繁に催される。


「お嬢様、今日の晩餐会には上流階級の要人が集まりますから。身を引き締めてくださいね」


アンザム辺境伯の邸で晩餐会が開かれるその日、アーニャはソフィアのコルセットをいつも以上にきつく引き締めた。


「うっ」と息苦しさを覚えながら、ソフィアは姿見で自分の姿を確認する。


エメラルドグリーンのビロードのドレスは、V字に開いた胸もとにレースやリボンなどが装飾され、惚れ惚れするほどに美しい。令嬢たちに人気の針師に、この日のためにあつらえてもらったものだ。


「夜会って、退屈だから嫌い。だって、面白くもない話に無理して笑わなくちゃいけないんだもの」


「辺境伯の令嬢なのですから、そんなことを言ってはなりません。その上今日は、普段はあまり姿をお見せにならないカダール公国のニール王子もいらっしゃるのですから。もしも見染められたら、とても名誉なことですよ」






カダール公国は、ここリルべのあるロイセン王国の隣国だ。ロイセン王国と敵対しているハイネル公国とは反対に位置し、関係も良好。リルべはロイセン王国とカダール公国の辺境にあるので、親交が深い。


「王子なんかに興味はないわ」


どうせ退屈な話しか出来ない人種でしょう、とソフィアはため息を吐く。上流階級の男は、皆そうだ。そんな男に愛想を振りまくぐらいなら、リアムに騎士道の話を聞く方がよほど面白いのに。


「ですが、令嬢たちの間ではものすごい人気ですよ。ハンサムで、知的で……。私も一度姿絵を拝見したことがあるのですが、そりゃもう、素敵な方でした」


アーニャが、うっとりと言った。


「それに、ニール王子は今結婚相手を探しているという噂ですよ。あまり姿をお見せにならなかったのに突然社交界に出入りするようになったのは、そのためなのでしょう。令嬢達は王子の気を引こうと必死なのですよ」




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