赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
一章 絶家令嬢、カヴァネスになる


アルオスフィア王国の城下町から少し離れた郊外には、森に囲まれた小さく白い邸がある。

壁は何年も手入れをしていないせいか黒ずみ、門や扉に至っては錆ついて開閉のたびにキィーッと不快な音を立てる。


 傍から見ればゴーストハウスと呼ばれても仕方ないほど、薄暗く陰気な雰囲気をまとっているここは、かつて中流階級であったローズ家の邸だ。

 そして今は、貧しい庶民の学舎になっている。


「じゃあ皆、この国の王様の名前がわかる人はいる?」


 今年で二十四歳になるシェリー・ローズは平均十歳で十三名ほどいる子供たちに向き合い、教鞭を取っていた。

 この国ではまだ学舎という概念がなく、庶民が学ぶことに対しての意識は低い。


 しかし、大陸を分割した五つの領地に公爵を配置させ、統治させるという制度をアルオスフィアの前王が撤廃したことで時代は大きく変わった。


 領地ごとではなく、大陸全体を治める議会という新たな政治機関が設けられることになったのだ。

この議会は騎士、大臣の名家、民の支持を集める教会の代表者、庶民出身でありながら商家として成功した者に公爵位を与え、広い視野でこの国を統治するという制度。

そこで重要なのは血筋関係なしに公爵位を与えられた庶民がいるという点だ。


 高い教養や知識を身に着ければ、出自関係なくそれなりの地位に就けるかもしれないという希望を民に与えることとなった。


 だが、その学びを受けられるのはカヴァネスという家庭教師を雇えるだけの財力がある裕福な貴族であり、生活するのがやっとである庶民には手の出せないものだった。


 中流階級出身だったシェリーも高い教養を受けたのだが、両親を流行り病で亡くして家庭教師――カヴァネスとして働くしかなくなった。


 女は嫁いでしまうし、結婚しなかったとしても家柄のいい女が働くことはみっともないこととされていたため、家の当主にはなれない。ゆえにローズ家はシェリーの代で絶家が決まった。


 シェリーが就いたカヴァネスという職は『余った女たち』と呼ばれ、『絶家した財力のない女など、嫁の貰い手はない』という由来からきている蔑称だ。


 シェリーの知識の豊かさはローズ家の才女として社交界に名を馳せていたほどで、その力量を買われ数年前までとある貴族のカヴァネスとして務めていたのだが、教え子のご子息が不幸なことに亡くなり、当主からお暇を出されてしまった。


 今はひとりで住むには無駄に広い自分の邸のリビングを教室代わりに使って、貧しい子供たちでも教養を身に着けられるような学舎を開いており、物の読み書きから政治学、淑女のマナーまで教えている。


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