好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)

恋ではありません

「おはよう、藤井」
「瀬尾さん! おはようございます、お久しぶりですね」 
怒濤のようなプロジェクトが落ち着いて数ヶ月が経った。期限つきで赴任していた橘さんは元の支店に戻り、瀬尾さんは年明けに赴任してきた峰岸さんに後任を任せた。
瀬尾さん自身も七月に東京営業推進部部長として栄転した。そして、瀬尾さんが橘さんに東京でプロポーズをして婚約をしたことを桔梗さんから聞いた。
瀬尾さんは東京が拠点となっているが、細かい引き継ぎや残処理、取引先との接待や打ち合わせのため時折、札幌支店にやって来る。

「ご婚約、おめでとうございます」
婚約発表を聞いてから初めて瀬尾さんと顔を合わせた私は、お祝いの言葉を告げる。
「ありがとう。美羽も藤井に会いたがっていたよ。直接言えなくて申し訳無いって伝えてほしいって言われてたんだ」
彼のファンの女性が見たら、卒倒しそうなくらい魅力的な笑顔を浮かべる瀬尾さん。
橘さんの話をする時の瀬尾さんは本当に幸せそうだ。普段冷静であまり表情を変えない瀬尾さんが、橘さんの前ではとても優しい顔つきになる。
ふたりの関係は札幌支店にいるときから薄々気づいてはいたけれど、同じ支店での恋愛は暗黙の了解で御法度となっているため、表立って聞くことができなかった。

ひとりではできない不正もふたりではできてしまう。そのため、同じ店舗で交際していることが公になれば、不正防止のためどちらかが転勤か退職になってしまう。そのため皆、できる限り同じ店舗内で付き合っている時は隠す。

橘さんは私より一歳年下の小柄な女の子だ。くるくる動く目が子猫みたいでとても可愛く、人懐っこく素直な性格の持ち主だ。

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