アリアとシャルルが【しあわせ食堂】にお世話になり始めて、二週間が経った。
 とはいえ、今後のことを相談したエストレーラの手紙もまだ届いていないし、その返事がくるのにはまだ二ヶ月ほどかかるだろう。
 アリアが王女としてできることは、まだ何もないのだ。

 このまましあわせ食堂で働きたい気持ちが強いアリアだが、国王である父が何か判断を下せばそれに従わなければならない。

 ――その間に、もう一つくらい主力メニューを増やしたいよね。

「カレーみたいに、誰でもある程度は美味しく作れる料理がいいよね」

 もしアリアがいなくなっても、エマとカミルが作れるメニューが良いなと思う。
 フックコートに着替えを済ませたアリアは、自室から一階へ続く階段を降りながら思案する。
 正直にいえば、出したいメニューはたくさんある。
 生姜焼き定食、ナポリタン、親子丼、とんかつ……。エマと相談してみようかなと思っていると、まだ開店前の店内でエマと一人の女性が何やら話しをしていた。

 ――あれ? 誰だろう。

「おはようございます」
「ああ、アリア! おはよう。ちょうどいいところに来てくれたね」
「?」

 店内に入り挨拶をすると、おいでおいでとエマに手招きをされる。

「紹介するよ。近所に住んでる、ベロニカだよ」
「開店前の忙しいときにお邪魔しちゃってごめんなさいね。ベロニカよ、よろしくね」
「アリアです。どうぞゆっくりしていってください」

 ベロニカと名乗った女性は、三十代後半だろうか。
 後ろでポニーテールにしていて、机の上には買い物袋が置かれている。おそらく、市場で買い物をした帰りにここへ寄ったのだろう。

 アリアが厨房へ下がろうとすると、「待って待って」とエマに引き留められる。

「はい?」
「実はね、ベロニカからアリアちゃんに相談があるのよ」
「私に相談ですか?」

 あまり役に立てることはないかもしれないが、料理に関する相談であればアドバイスできるかもしれない。
 頷きながら、アリアも椅子に座る。

「実はね、私の息子のことなの。七歳なんだけど、食べ物の好き嫌いが激しくて困ってるのよ」
「あー……」

 よくある問題だと、アリアは思う。

「お肉と野菜が苦手なのよ」
「野菜はよく聞きますけど……お肉もなんですか?」
「ええ、固いからって。幼いから、まだ噛み切るのが大変みたいで」
「なるほど」

 ベロニカの言葉を聞き、確かにこの世界の調理法では固い場合が多いかもしれないとアリアは思う。
 基本的に、一般家庭では肉をそのまま焼く。それかスープに入れるくらいだろうか。これではなかなか柔らかくならないし、肉の品質が悪ければさらに固くなる。

 ――お肉を柔らかくする方法はいくつかあるけど、子供ならあれがいいかな?

 考え込んでいるアリアを見て、エマが心配そうに声をかける。

「何かいい案はあるかい? アリアちゃん」
「はい! 夕方にはお店を閉めますし、夕飯を一緒に食べませんか? 私が作ります」
「まあ、本当? それは嬉しいわ!」

 嫌いだっていう野菜も食べさせてみせますからと、アリアは笑う。
 けれど、作るためにはシャルルの協力が必要だ。もちろんアリア一人でも作ることはできるけれど、彼女がいた方が効率はいいのだ。

 そんな話をしていると、厨房からカミルが顔を出して「仕上げしてー!」とアリアに声をかけてきた。
 時計を見ると、開店するまであと三十分だ。

「あらやだ、私ったらこんな時間まで! じゃあ、また夜に来るわね」
「ああ、待ってるよ!」

 ベロニカが申し訳なさそうに帰っていくのを見送り、アリアは開店準備に取りかかった。


 ***


「ありがとうございますー」
「いやぁ、美味しかったよ。まさか、しあわせ食堂がこんな新メニューを出してくるなんてね」
「俺だって驚いてるんですから」

 カミルが会計している本日最後のお客さんは、以前しあわせ食堂へ通ってくれていた男性の常連さんだ。
 カレーの噂を聞き、こうしてまた足を運んでくれたのだという。

「しっかし、カミルも随分しっかりしてきたなぁ。こーんなにちっこいガキだったのによぉ」
「そんなにちっちゃくないですよ」

 人差し指と親指で「これくらい」という常連に、カミルは笑ってありえないからと否定する。

「んで」
「?」

 常連がカミルに近づき、その耳元でこっそり囁く。

「料理人は、アリアちゃんっていったっけか? なんだ、お前のコレか?」
「ちょ、違いますって!!」
「なんだ、顔が真っ赤だぞ~!」

 にやにや笑う常連に、カミルは耳まで真っ赤だ。
 アリアとカミルはまったくそんな関係ではないのに、勝手なことを言わないでくれと怒る。アリアにだって、迷惑だろう。

 そんな話題だったからか、ちょうど厨房からアリアが出て来た。
 カミルは今の話を聞かれていなかっただろうかと焦るけれど、アリアはカミルの視線を受けて首を傾げる。
 どうやら聞かれてはいなかったようだと、カミルはほっと息をつく。

 常連はそんなカミルはお構いなしに、アリアに話かける。

「おお、カレー美味しかったぞ!」
「ありがとうございます」

 アリアは笑顔で礼を言いながら、テーブルの上を拭いていく。今日はさっさと片づけを終わらせて、新メニューを作るのだ。

「んじゃ、俺もそろそろ仕事に戻らないといけねえな。また食いにくるぜ」
「ありがとうございました」

 常連が帰っていくのを見送って、カミルも片付けに取りかかる。
 夜は店で食べるため、簡単に床を掃いておく。夕食のあとに、また掃除をすれば明日の営業は問題ないだろう。

「アリア、ここは俺がやっておくから準備してていいぞ」
「そう? たぶん、もうすぐシャルルが帰ってくると思うんだよね」

 シャルルには、食材の買い出しをお願いしているのだ。
 すると、ちょうど店のドアが開いてシャルルが帰ってきた。その手には頼んだ肉の入った紙袋を抱えている。

「ただいま戻りました!」
「おかえりなさい、シャルル」
「頼まれていたお肉ですよ」
「ありがとう!」

 店の片づけはカミルに任せ、アリアは肉の塊を持って厨房へ下がる。
 ここからが、腕の見せ所だ。

「シャルルにお願いがあるんだ」
「はい? なんでもお手伝いしますよ!」
「ちょっと大変なんだけど……この肉の塊を細かくミンチにしてほしいんだよね」
「ミンチ、ですか?」

 まな板の上に載せた肉を指さして、「できるかな?」と問う。
 シャルルは何に使うのかわからず首を傾げるけれど、アリアの料理が今まで不味かったことはない。きっと想像できないような、不思議な方法で美味しい料理にしてしまうのだろう。

「お任せください! このシャルル、責任を持って肉をミンチにしてみせますから!」
「ありがとう」

 肉はシャルルに任せることができたので、ひとまずは安心だ。
 アリアはメイン料理の付け合わせに取りかかる。使う材料は、ベロニカの息子が嫌いだというニンジン。
 とはいえ、嫌いな野菜だけしかないのは可哀相なので、子供が好きなトウモロコシも蒸かして一緒に添えるため準備していく。

 ニンジンは、見た目が固くて美味しくなさそうなので……可愛い星のかたちにカットする。

「実は形を可愛くしただけで、食べてくれたりするんだよね」

 お子様ランチというものがあるように、子供が食べる料理は見た目の楽しさも大事だ。食べること自体を、楽しいものなのだと知ってほしい。
 添え物の準備を終え、玉ねぎをみじん切りにしたところでシャルルから「できました!」と声があがる。

「アリア、これでどうですか?」
「うん、大丈夫!」

 シャルルに作ってもらったのは、『ハンバーグ』の要となるひき肉だ。手作業なので少し粗目だけれど、一般家庭でも作れるようにしたいためこれで十分だ。
 そこにみじん切りにしたタマネギ、ニンジン、パン粉、バター、卵を入れ、塩と胡椒で味付けをして混ぜる。

 要領よく料理を作っていく様子を、シャルルはわくわくした眼差しで見つめる。

「何ができるのか、とっても楽しみです」
「すっごく美味しいものができるから、待っててね」
「はいっ!」

 こね終えた生地を丸めてフライパンに入れて、焼く。
 その間に添え物とソースを用意しておけば、あっという間に料理はできあがる。

「それから、仕上げにはこれ!」

 アリアが取り出したのは、チーズだ。
 いつか使った料理を作ろうと思っていたのだが、子供向けのハンバーグであればこれほどぴったりなものはないだろう。
 焼きあがったハンバーグの上にチーズをこれでもかと載せ、余熱でとろけさせれば誰もが虜になる一品ができあがる。

「ふわああぁ、美味しそうです!!」

 シャルルが目をキラキラさせながら、「早く食べましょう!」とぴょんぴょん飛び跳ねて主張している。

 本日のメニュー、『たっぷりチーズの粗挽きハンバーグ』の完成だ。

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