生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ

24、娘の慟哭

 騒ぎを聞きつけようやく駆けつけたエゲリア・ラティーヌ神殿から同行した神官たちが、娘を保護してそそくさとその場を辞した。
 建物に入ることを許されないカスケイオスら神殿兵が、出てきた神官たちを迎える。

 そこまではかろうじて自分の足で立っていた娘だったが、外の空気を吸ったとたんに倒れそうになった。
 そばにいたセリウスがとっさに支える。自分では立てないから倒れかかったのに、娘はセリウスの体を押して離れようとした。

 駆け寄ってきたカスケイオスが娘の体を預かる。
「俺が運んでいこう」

 カスケイオスが抱き上げる瞬間、娘の口の端から言葉が漏れた。
「どうしてあたしだったの……?」
 それを耳にしたセリウスの息は止まった。


 今夜の宿を頼んであったヌマ・ルクソーヌ神殿の、娘ために用意されていた部屋に寝かせると、カスケイオスとセリウスは連れ立って部屋を出た。
 扉を閉めたとたん、中からしゃくりあげて泣く声が響く。セリウスは思わずその場で硬直して耳をそばだてた。

 嗚咽の合間に悲鳴のような声が混じる。
「どうしてあたしが死ななくちゃならないのぉ……っ?」

 セリウスは耐えがたい思いに目をきつく閉じて耐え、感情の波を過越してから先を行ってしまったカスケイオスを追いかけた。

 誰もいない廊下をさっさと歩いていくカスケイオスの肩を掴み、振り向かせて顔に加減のないこぶしを振るった。
 カスケイオスはよろけるものの倒れない。あごを狙ったのにとっさに引かれて、衝撃がやわらぐ頬に当ててしまったのだった。

「何をするんだ、いきなり」
 殴られることを予想していたような落ち着きぶりにセリウスの腹立ちは増す。

「あの娘に、自分の代わりにリウィア様を生贄にして欲しいと言わせただろう?」
 カスケイオスは目を瞠った。
「あの娘、そんなこと言ったのか?」
「とぼけるな!」

 もう一度振るったこぶしを、今度は難なく手のひらで受け止められてしまった。

 普段のにやけた表情を引っ込め、カスケイオスは真顔でセリウスの瞳の奥を覗き込んだ。
「いや、俺じゃない。誰もあの子にそんなこと頼んでない。神に誓って」
 そんな風に言われてしまっては、これ以上問い詰めることなどできやしない。セリウスは苛立ちながらふいと視線をそらした。

 セリウスのこぶしから手を離してカスケイオスは言った。
「それにしてもあの子にそんな度胸があるとはなぁ。結構使える人間なんじゃないか?」
 真剣な顔してせっかくセリウスに疑惑を引っ込めさせたのに、もう軽口を叩いている。

 セリウスは視線を外した状態から、正確にカスケイオスの首を捉え背後の柱に打ち付けた。不覚にもカスケイオスは後頭部を柱に打ち付ける。

「これ以上あの娘を翻弄するようなら、私はお前を許さない」
 突き放し元来た道を戻っていく。

 カスケイオスは打ち付けた頭をさすりながら呟いた。
「やればできるじゃないか」

 戦闘に長けたカスケイオスの不意を突いた。
 戦場以外ではじめて垣間見せた、セリウスの闘争心だった。
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