記憶がどうであれ

21話

 元主人に言われた「一度は結婚したんだ、誰かと一緒に生きていくことを考えているんだろう?」の一言に考えさせられる。
 私はもう二度と結婚しないと思っている。
 だけどいつかこの気持ちが変わるのだろうか?

 全てを忘れたのではなく、私と出会った頃からの記憶を無くした元主人。
 彼女の「忘れたいから」「思い出したくないから」と言われて酷くショックを受けたけれど、それが真実だと思ってしまった…
 元主人と私はあのバスでの出会いがなければきっとすれ違ってもお互いに目に留めない相手だった。
 結婚し私は幸せと思っていたけれど、元主人は私の所為でご両親から責められていた事を知っているし、結婚式で私の容姿や職場を知り「こういう人と結婚するとは意外だった」なんて言葉を吐いた同僚がいた事も気づいていた。
 彼女の言葉を聞いた時、元主人は私を選んだことを後悔していたのでは…そう咄嗟に思った。
 私を必要と言ってくれた。
 私が過ごしやすい様に気遣いもしてくていた。
 でも、私だけが元主人にとっての全てではない。
 家族、仕事仲間…たくさんの人と関わって生きて行く。
 私だけを優先する生活に疲れたのかもしれない。 だから私を思い出さないのかも…
 記憶をなくした後、一見しても印象に残らない容姿の私を元主人は「妻」だと認識しなかった。
 所詮私はそんな人間なのだ。
 なのに今さら「会いたい」だなんて…
 どう言えば解ってもらえるのだろう。
 私を忘れたのにはきっと理由があって、それは私と一緒に過ごしたくないと思ったからではないか。
 私の自論でしかないけれど、私はそう思っている。だからこそ傷ついた。
 自分が忘れたいと思われる程の酷い人間なのだと言われた気がしたから…
 元主人が記憶を無くす前と同じ行動を取る理由が解らない。
 忘れたい存在だった私をせっかく忘れたのに、どうして。


 私は弱い。
 両親との確執の事もそう。
 理想を掲げ、他の人の幸せが何かなど考える余裕は無く、自分の心の中で「許せない」と思った事実だけでずっと生きてきた。
 真っ直ぐな人なんかじゃない。
 元主人のご両親との関係だって、真摯に向き合い何度も顔を見せに行っていれば歩み寄ることが出来たかもしれないのに。
 私は自分の理想に合わない人を排除しながら生きてきただけ。
 …自分で招いた孤独に耐えられず愛を乞い、愛を与えてくれた人の家族との関係を良好なものにする努力はしなかった。
 彼とうまく付き合っていた時は、元主人の幸せを願えていたのに、それがなくなれば自分の弱さを棚に上げ元主人へ責任転嫁。
 こんな人間にどうして元主人は声をかけてくるのか…


「…元気でやってるのかな」
 急に両親の事を思った。
 私の考え方に大きく影響を与えた二人。
「お父さんは相変わらず仕事忙しいのかな」
 そんな中でも夫婦二人で寄り添って生きているのだろうか。
「きっともう会うことは無い…」
 浮気した母が憎かった。
 浮気を知っても許す父を狡いと感じた。
 女としての幸せを追う母が許せなかった。
 母への愛情を持っていた父に、何故もっと早くその愛情を母に見せなかったのかと腹が立った。
 何より…自分の子供である私の心の傷を二人とも考えてくれなかったことが辛かった。
 私は誰にも愛されていないのだと感じた…
 両親から逃げる様に遠方に就職し、結婚の知らせは葉書一枚。
 離婚については何も言わずに年賀状で元の名字に変わった事で察して、という態度。 両親からも何もその事についての連絡は無かった。
 両親からしたら、娘はもう居ないものと思っているのかもしれないし、もともと子供なんて居なくてもよいと思っていたのかもしれない。


「元気ないな。どうした?」
「店長…」
「体調悪いんじゃないか?」
 覗き込み顔が近づく。
「うわっ」
 私が後ずさると店長は「そんなに嫌がらなくても…おじさんショック」と冗談を言っている。
「実は、元主人に最近会いまして…」
「え? 子供が居ないと離婚した後に連絡取ることもないって言ってなかったか?」
「はい。そうなんですけど…」
「復縁迫られてたりして?」
 店長は探る様に訊いてくる。
「再婚て意味ではないんですけど…また会いたいと…」
「何だそれ?」
「私が冷たい態度を取ったから気に障ったのかもしれないんですけど」
「いやいや、別れた旦那に甘い顔する人なんて居ないだろ!」
 店長の奥様も離婚歴がある。 元の旦那さんとは娘さんは会っているけど奥さんは会っていないのだと思う。そして、もしも会うなんて事になったら店長はいい気持ちはしないのだろう。
「男性の本能なんですかね? 逃げるものを追いたくなるみたいな…」
「いや~否定はできないけど、離婚は旦那さんから言われたって話しだっただろ? 今さらそんな事?」
 店長は親身になって話しを聞いてくれる。 本当に上司の鑑。
「解らないんです。 でも、二度と同じ過ちはしないと決めているので…」
「…結婚したことを過ちだと思っている相手に言い寄られるのはキツイな。
やっぱり誰か紹介しようか?」
「それは本当にいいですから!!!」
 店長は困った子を見る様な視線を向けてくる。
 そんな顔されても紹介もお見合いも必要ありません。
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