記憶がどうであれ

27話

「もうこんな時間。 そろそろ…」
 私は時計を見て驚いた。 結構な時間が経っていたから。
「お昼ここで食べて行かない?」
「あ…そうだね」
 コーヒー1杯で長い時間居座っていたと思うと心苦しくて私は頷いた。

 追加の注文をし、虹川くんと笑い合う。
「「変わってないね」」
 二人の声が重なりまた笑う。
 私達が注文したメニューは学生の頃から好きだった物と変わっていなかったから。
「めぐちゃんはいつもパスタだったよね」
「そういう虹川くんはいつもクリーム系だった。 カルボナーラ、ドリア、クリームシチュー」
 そして、今日虹川くんはエビグラタンを注文した。
 いつも二人で違う物を頼んで分け合った…あの頃はファミレスばかりだったことを思い出し今日は随分と雰囲気の違うお店だなと考え、それだけ時間は経ったのだと感じたけれど。
「なんだか嬉しいな。めぐちゃん変わって無くて」
「…そんな事ないよ。色々変わった」
 ……私は変わったと思う。
 いい意味でも悪い意味でも無く、ただ事実として。
「今でもパスタは好きなんだよね?」
「食の好みはあまり変わってないかな。酸っぱい物は苦手なままだし」
 女子の大好きな苺でさえ私は酸味のきつい品種は食べられない。
「寿司とかは?」
「好きだよ? 酢飯の匂いに咽る時はあるけどね」
「そっか、じゃあ今度食べに行かない?」
「え?」
 また会おうという誘い…?
 折角再会したのだから連絡先くらい交換できたらとは思ったけれど、次に会う事を提案されるとは思っていなかった。
 私は虹川くんの真意を確かめるべくジッと見つけた。
「めぐちゃん?」
 その時、注文したランチメニューが私達のテーブルに運ばれた。
 虹川くんは「こっちも食べてみる?」なんて言ったけど私は遠慮した。
 学生の頃は当たり前の様にシェアしていたけれど、今はそんな事を簡単にしていい関係じゃ無い。
「美味しかったね」
 お店を出て私達は駅まで歩いている。
「うん。 めぐちゃん、携帯の番号変わってるよね?」
 変わっている事を知っているということは、別れた後に私にかけた事があるのだろうか。
「うん」
「教えてもらってもいい?」
「もちろん」
「俺の番号は変わってないんだけど、めぐちゃんの方にはもう残ってないかな?」
「変わってないの? じゃあ残ってるよ。わざわざ削除はしてなかったから」
「そうなの? なら、どうして一度もかけてきてくれなかったの?」
「かける理由が無いから…他の子とも連絡取ってないし」
「…そうなんだ」
 虹川くんは元カノとでも普通に友達になれる人だったんだ。
 私はお付き合いをやめたのだから変に付き合い続けるのはお互いの為にならない気がしていたのだけど。

 虹川くんからたまに連絡があったけれど、新作を書く事になったから暫く忙しくなると言った日からパタリと連絡は無くなった。
 昼間に仕事をして帰宅してからの執筆なら暇な時間はないだろう。
 でもきっと虹川くんは充実した生活を送っているのだろうと羨ましく思う。
 私は、自分の仕事に誇りを持っていたし人の役に立っていると思っていたけれど、たくさんの人に夢や希望を届ける虹川くんには敵わないな…と卑屈になってしまう。


「えっ!!! どうして…」
「元気だった?」
「どうされたんですか!?」
 久しぶりに見る彼。
 あの別れから彼とは電話一本やりとりをした事は無かった。
「妻が俺とやり直したいと言ってきたんだ…」
 何を思っているのかわからない表情の彼。 何故そんな顔をするの? 嬉しくて笑顔しか出ないのではないの?
「じゃあ、奥さんの気持ちにけりがついたって事ですね」
 良かったじゃないですか…と言えないのは、祝福なんてしていないから。
 彼の幸せを願える気持ちにはまだなれない。
「どうなのか解らないけど、あの男とは一緒になれることは無いと理解したらしい」
「そうですか。 とても愛してらしたんですから奥さんからやり直したいと言われたら嬉しかったのでしょう?どうしてそんな浮かない表情なんですか?」
 いくら嬉しかったからと言って、私にわざわざ報告するのは性格が悪すぎるけれど。
 会いたくなんかなかった… 
「愛してた……愛してたけど…今は前に進もうと努力していたところだったから…」
「え?」
 どういう意味?
「ついつい妻と呼んでしまっていたけど、天野さんと呼ぼうと決めた」
 彼女を名字呼び? どうして?
「決別した」
 彼は顔を上げハッキリと言った。
「決別って…どうして」
「天野さんに振り回される人生はもう懲り懲りだ…君と穏やかな幸せを知った自分は、もう天野さんの我儘に付き合う人生を選ぶことはできない」
「どうして!? あんなに想っていたのに!!!」
 だから離れたのだ。
 私を復讐の道具にしようとした酷い人と思うより、彼女を愛しているくせに私を抱き続けた非情な人と思った。
 私は愛されない事が寂しくて辛かった。
 だからこそ許せなくて離れた……
 なのに、彼は彼女と決別したと言うの?
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