記憶がどうであれ

30話

「私、一度結婚してるの」
 そう言っても虹川くんは驚きもしない。
「今は離婚してるんだけど…私、人生で一番好き と思えた人と結婚しなかったの。
それが失敗の原因だって自分で解ってるから……虹川くんとの結婚は考えられない」
「俺は一番にはなれない?」
「ごめんなさい」
 悔しいけれど私の人生で一番好きになった人…それは彼。
「私のことなんて好きじゃない人を好きになってしまった…彼の元奥さんは凄い美人だから仕方ないって解ってるんだけど」
「会ってるって言ってた人が相手かな? 良かった。不倫じゃないんだね?」
 身体だけの付き合いの相手は既婚者だと思っていたのだろう…不倫しているのだと思われていたのか。
「うん。 それだけはしない」
「そうだよね。 でも、めぐちゃんて自分が可愛いって自覚ないのか」
「どこが。 顔は平凡、性格は凄く悪い…」
「めぐちゃんを性格が悪いなんて感じた事は無いよ。 少しキツイことを言う事があってもそれは相手の事を考えて言ってくれての事だし。  俺の小説の事も絶対に否定的な事言わなかっただろ?
感想は人それぞれだから、俺の作品を受け入れられない人がいて当たり前なのに、めぐちゃんはそんな事言わなかった…作品についてどうこう言うことは無く、ただ前向きな言葉をくれた。
そんな人のどこが性格悪いの?」
「それは本当に面白いと思ったからだし、小説の内容は私がどうこういう事じゃないでしょ? それを好きと思う人、苦手と思う人は自由に購入するかしないかと選べばいいんだから」
「めぐちゃんは正しいことを見極めているようで、恋愛に関してはそうできなかったんだね」
「それは自覚あるけど…酷くない?」
「この人だって思える相手でもない人と結婚して、今は相手には愛されてないのに抱かれて。 それで幸せになれると思ってるの?」
 幸せには…なれるはずがない。
「無理だろうね」
 苦笑すると虹川くんは、
「だろうなんて曖昧な言葉が正しい? 無理と言い切ったら?」
と言う。 正論すぎる。
「解ってるんだって! それでもいいの、彼が少しでも私という存在を意識して気に病んでくれたら」
「そんな恋はめぐちゃんらしくない。 幸せを求めないなんて可笑しいよ」
「復讐……」
「え?」
「私、復讐したいのよ。彼に…」
「愛してくれないから?」
「一生の愛なんて信じない。けど、一時でも愛して欲しかったの…」
「自分の体を傷つける復讐なんてやめなよ」
「大丈夫…虹川くんの時みたいに苦痛を感じてないから」
「どういう意味?」
「虹川くんと付き合っている時、私は虹川くんを愛していたから抱かれていたんじゃない。
寂しかったから…依存してしまっただけ。
母への抗議、対抗心ばかりだった……
虹川くんに依存している自分が嫌いだったし辛かった…虹川くんには謝りきれない失礼なことをしてきたと思ってる」
「彼とだって嫌な感情で関係してるんだろ!?」
 珍しく怒気を含んだ声を出す虹川くん。
「確かに……私と関係している間、彼は一番好きな人に出会ってないって事だと思っていて、誘われる度に『ざまあみろ、そんなに簡単に幸せは見つけられないのよ』って思ってる」
 彼と結婚したい訳では無い。
 愛なんて信じない。 私のこの想いだって一生続くだなんて思っていない。
 ただ今現在の私が好きなタイプというだけ。
 顔は整っていなくてもいいと思っていたけど、やはり素敵だと思える人がいい。
 強引に物事を決めるよりこちらの気持ちを考慮してくれたら嬉しい。
 それに、あの笑顔……カッコイイとかそういう意味で素敵なんじゃない。 本当に幸せそうで、こちらまで嬉しくなれるそんな笑顔の彼が本当に好きだった…
 偽りだったと知ってもまだこの感情を殺す事が出来ていないなんて、本当にバカだ。
「私はきっと幸せになれない運命…」
 ポツリと呟くと虹川くんは「そんな事ない!」とすぐに否定した。
「いいの…自分の所為だから」
「俺と結婚はしたくないっていうのは解ったけど、それはこれから絶対に変わらない事かな?」
「…もしも、記憶を無くしても虹川くんは私を好きになる?」
「記憶を? まるで小説の世界だね」
 虹川くんは面白そうに笑顔になる。
 小説の中の出来事ならどんなに良かっただろう。
 私にとっては現実に起こったこと。 そして、それが私の人生の過ちに気付いた最大の要因。
「好きになる?」
 もう一度聞く。
「めぐちゃんは知らないかもしれないけど、俺はめぐちゃんと同じクラスになった時から可愛いって見ていたんだ…だからきっと好きになるよ」
「一目ぼれ…?」
 そんなはずない。 だって私なんかに一目ぼれする人がいるはずないんだから。
「うん」
 穏やかに頷く虹川くん。
「だから、きっとめぐちゃんとの思い出が無くなってもめぐちゃんを可愛いと思うし好きになると思う」
 その言葉はストンと胸に落ちた。
 顔が好きなら、記憶を無くしてもきっと出会った瞬間に好きという感情は出るのだろう。
「ありがとう…」
「ここまで好きって言っても俺ではダメかな?」
 虹川くんには酷なことだろうけど…
「私ね。信じられない事に凄く望まれて結婚したんだよ?
でも、ダメになった…だから結婚をするつもりは無いの。
どちらかの気持ちだけ大きくても上手くいかないし、同じだけ好き合えるなんて奇跡、私には起こらないから」
「めぐちゃんが俺を好きになってくれたら叶う奇跡だけど…」
 苦笑する虹川くん。
「虹川くんの事は付き合ってた時からずっと好きだけど、それは人間として居心地がよいって意味で好きなんだと思う。 愛してるって意味にはならない…」
「辛辣だな…」
「性格悪いって言ったでしょ?」
 私が笑うと虹川くんは苦笑した。


 折角、記憶を無くしてもまた私を好きになると言ってくれた人なのに、私の心が動かずにごめんなさい。
 付き合っていたあの頃からずっと愛をあげられなくてごめんなさい。
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