女探偵アマネの事件簿(上)
女探偵
十九世紀のイギリス。その首都であるロンドンには、女の探偵がいる。


「………」

ペラペラと紙を捲る音が部屋に響く。

只今の時間は午後三時。太陽が一番その輝きを増す時間。

差し込む光をライト代わりに、砂糖入りのコーヒーを片手に持つ女性。

彼女の名前は東雲天音(しののめ あまね)。通称アマネである。

れっきとした日本人であり、ここロンドンに探偵事務所をかまえる女探偵。

「アマネ?」

「………」

彼女の前に座り頬杖を付いているのはウィリアム・ヴァレンタイン。愛称はウィル。

アマネの助手であり、この探偵事務所で家事全般を引き受けている。

何でも出来るが何にも出来ない器用貧乏で、アマネとは同い年。

「アマネさーん?」

「………」

ウィルが控え目に声を掛けても、アマネは本に視線を移したまま、コーヒーをすすっている。

「……ゴリラ」

カチャッという音と共に銃口が向けられる。素早く本から手を離し、懐から愛用の拳銃を取り出す動作が鮮やかで、ウィルは思わず拍手を贈りたくなった。

だが、そんなことに構っている余裕は無さそうだ。早く止めねば蜂の巣にされるだろう。

「ちょ、ちょちょ!ちょい待ち!」

「何か言いましたか?」

相変わらずコーヒーは手放さず、しかもまた一口飲みながらウィルを見つめるアマネに、ウィルは冷や汗を流す。

「な、何にも言ってないです」

取り敢えず両手を上げて、降参の意を示す。

「そうですか。ならいいです」

アマネは拳銃を懐に仕舞うと、また本へと視線を戻した。が、ウィルから見れば読んでるように見えない。

(早すぎんだけど)

適当に流し読みする時みたいに、パラパラパラパラと音をたてている。

(速読してて、ちゃんと内容頭に入ってくるってどんな脳してんだか)

ウィルがここに来て最初に驚いたのは、彼女の速読術だった。

(って、そんなことより)

「おい、アマネ!」

ウィルは先ほど言おうとしたことを思い出す。

「………何ですか?警部からの手紙なら、内容は分かっていますので読む必要はありません。因みに、コーヒーはまだ4杯目ですが?」

「ああ。それなら安心だな―じゃねぇよぉぉぉ!もう4杯目だろ!コーヒーの飲みすぎは体に毒だろ!しかも角砂糖一杯につき三つも入れてるだろ!病気になるぞ」

そう。アマネは大のコーヒー好きで甘いものも好きだ。ブラックの筈のコーヒーには必ず砂糖を入れ、その癖ミルクは入れない。

カフェインと糖分が両方とれて効率がいいと本人は言うが、こっちは頭が痛くなる
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