紙切れ一枚の約束

「侮蔑」

「指、きれい。ネイルしてますね。男に触られるために?」
「そういうわけじゃないわよ。身だしなみ。今日はお茶会だったから」
いつもこちらをバカにしてくる妹尾をからかいたくて、私はこう言った。
「結婚するかもしれないわ。ごく近いうちに。マンションも、もうすぐ見に行くの」
それが自慢に聞こえたのか、妹尾はふんと鼻を鳴らした。
「馬鹿なんですか?」
彼の言葉には、言い知れぬ憎悪がこもっていた。
「なによ、馬鹿って。彼氏ができないできないって。からかってきたのはそっちだったでしょ。私は幸せの報告をしたいだけよ」
 「幸せ?結婚が?馬鹿らしい。我妻先輩は、賢いと思っていたのに。仕事も一生懸命やっていて、男にこびない。そんなところがあなたの魅力なのに、突然降ってわいた結婚話に浮かれちゃってさ。これが馬鹿じゃないって言ったら、アホですね。我妻先輩の脳内にもお花畑があったんですね。そんな人じゃないと信じていたから、ずっと尊敬していたのに」
妹尾は吐き捨てるように言うと、あんなに大好きなココアも飲みかけで立ち去ろうとした。私は怒らせてしまったのかと彼を引き留める。
「どうしたのよ、急に。まあ座ってよ」
「お花畑で花摘みしている先輩には用はありません。いいですか、先輩。結婚なんて、紙切れ一枚なんですよ。そして、別れる時も、紙切れ一枚で、はいさようならだ」
妹尾は目をそらしながらも、厳しい言葉をぶつける、まるで彼の心の澱を私の脳天にぶちまけるように。
「妹尾、座って。あんた、なにかあったのね。私も話すから、あんたも話して」
彼は糸の切れたマリオネットのように、おとなしく座りなおした。
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