ＦＦ～フォルテシモ～

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（昨日の朝比奈さんには参ったな……）

　いつもより重い足取りで、昨日使用した会議室に向かう。今日もここで弁当を食べようと思ったからなんだが、間違いなく朝比奈さんが現れるであろう。昨日の今日で、顔を合わせるのがハズカシイ。何だか彼女の前だと、醜態晒しまくりだった。

「こんにちは、今川部長！」

　静かに扉を開けると、中から元気な声がした。心の準備が出来てなかったので、ビックリしたのなんの。にっこり微笑む彼女に顔を引きつらせつつ、なんとか笑顔を返す。

「こんにちは、朝比奈さん。よくここで食べるのが分かったね」

　彼女の行動力は、おじさんの心臓に悪い。まるで、お化け屋敷に入ったみたいな衝撃に近いかも。

「きっと運命なんですよ」

　偶然も重なれば運命になるってか？　疑わしげな目で彼女を見るしかない。

「なぁんちゃって。下調べして来ただけなんです」

　朝比奈さんの隣を、一つ席を空けて座ってやった。なのに彼女は空けた席を詰めて、俺のすぐ隣に座る。その行動にギョッとしていると、頬杖をついて楽しそうに俺の顔を見つめた。

「なっ、何でしょうか？」

「どうして距離をとるのかなぁと思って」

　普段そんなふうに見つめられる機会がないので、妙にドギマギする。

「何となく、です……」

「そうやって変に逃げると、追いかけたくなりますよ」

「そんなことしておじさんをからかって、何が面白いですか？」

「からかってないですよ。だって好きなんだもん」

　さらりとスゴいことを口にした彼女の言葉に、かちんと固まった。なのに彼女は至って冷静で、妙に淡々としていた。

　言い慣れてるから？　他の男にも告白して、気を持たせておいて捨てていく――だから平然としていられるのかもしれないと、勝手に解釈した。

「私みたいなコにこんなことを言われて、今川部長はすっごく迷惑ですよね」

　ポツリと言う彼女の顔を見るとさっきまでとは違い、リンゴのように頬を染めている様子に、こっちまで赤面しそうだった。あたふたしながら、慌てて視線をそらす。

「迷惑なんて思ってませんよ、だけど」

「それ以上言わないで下さい。私は自分の気持ちを伝えることが出来ただけで、もう満足なんです」

　胸に手をあてて、瞳を閉じながら語り出した。

「自分から告白したのって実は二回目で、胸がいっぱいで、どうしていいか分からないです」

「朝比奈さん……」

「迷惑じゃないって、言ってもらえただけマシかも。気を遣って頂き、有り難うございます」

　嬉しそうに語る彼女に俺が困っていると、気を利かせて話題転換をすべく話をすり替える。

「今川部長、お弁当を交換して食べませんか？」

「……はい？」

「今川部長が作った、お弁当の味付けが知りたいなと思って。おじいちゃんに作るお弁当の、味付けの勉強をさせて下さい」

　そう言って、俺に向かって丁寧に頭を下げた。

「勉強になるかどうか分かりませんが、どうぞ」

　自分の弁当を差し出したら、彼女も同じように弁当を差し出す。蓋を開けてみると、シンプルなおかずが入っていた。

「えへへ、お口に合えば、いいんですけど……」

　朝比奈さんも俺の弁当箱を開けて、いそいそ食べ始めた。横目でその姿を確認しながら彼女が作った、きんぴらごぼうに箸をつけてみる。

「美味い……」

　絶妙な辛さが、美味しさを引き立てていた。意外に家庭的な味つけだった。

「今川部長の作ったこの卵焼き、とっても美味しいです。ダシの味が何とも言えないですね。自分が作るのと、やっぱり違うなぁ」

　昨日とうって変わって、自然と会話が弾んでいった。仕事以外でこんなふうに誰かと会話したのは、久しぶりじゃなかろうか。あっという間に、弁当を食べ終えてしまった。

　俺がいつものように椅子を集めていると、当たり前のように彼女がそれに座った。

「はい、どうぞ」

「…………」

「昨日みたいに、頭が椅子から落ちちゃうかもしれないですよ？　万が一誰かが入って来ても、机の影になるから見えないですし、きっと大丈夫です」
　
（そういう問題じゃないんだが――）

　躊躇している俺の頭を強引に掴むと、自分の膝の上に乗せる。目の前には巨大な胸があって、慌てて横を向いた。

「時間になったら、起こしますね」

　目をつぶるが当然、寝られたもんじゃない。俺の常識を超えた彼女の行動は、阻むことが出来なくて非常に厄介だった。厄介なんだけど全然迷惑じゃないという、ワケの分からないもので。まるでこの膝枕みたいだ。

　そんなくだらないことをグルグル考えている内に、いつの間に眠ってしまった俺。寝ている俺の頬に、彼女が唇を寄せていたなんてことは、露知らずにいた。