大天使に聖なる口づけを

「別に確信があるわけじゃないのよ。でも私、小さな頃から思ってたの……ひょっとしたら、エミリアが作るお菓子には、人を魅了する力があるんじゃないかって……」

「は?」

澄んだ空にピピピピと小鳥の声が響く。
そちらのほうがありありと耳に届くほど、フィオナの発した言葉は、エミリアには理解不能なものだった。

「だから、エミリアのお菓子を食べた者は、エミリアに恋するんじゃないかって言ってるの」

二人の間をさあっと一陣の風が吹き抜けていった。
風に乱れた髪を、軽くてのひらで撫でつけながら、エミリアは困りきった笑顔を浮かべた。

「まさかあ」
まったく信じていないどころか、フィオナが自分をからかっているぐらいにしか思っていないエミリアの隣に、フィオナはずずいと膝を進めてくる。

額がくっ付かんばかりに顔を近づけて、黒目がちな大きな瞳で、エミリアを真っ直ぐに見つめた。
「信じてないのね……でも私は昔からそうなの。エミリアのお菓子の虜で、食べたあとには、いつも大好きなあなたのことがもっと大切になるの……」

東洋人形のように美しくて神秘的なフィオナの顔が、エミリアのすぐ近くに迫る。
紅を引いたように赤い小さな唇が、なんとも魅惑的で怪しい言葉を紡ぎだす。

「ねえ、本当に、他の人からもそんなふうに言われたことはない?」
甘い匂いのするフィオナの吐息に、思わず瞳を閉じてしまいそうになる自分を必死に拒みながら、エミリアは首をぶんぶんと横に振った。

「ないない! 全然ないです!」
「あらそう」

拍子抜けするくらいにあっさりと、フィオナはエミリアの目の前から顔を引いた。
< 58 / 174 >

この作品をシェア

pagetop