異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「これを塗れば抗菌作用があるから化膿を防げるわ。あとは失った血液を取り戻すための食事、しっかり休息をとること」

 輸血ができる設備も道具もないので、あとは自然治癒力を高めるように関わるしかない。私は傷口に布を巻き終わると彼の血の気の失せた顔をのぞき込む。

「逃げたきゃ逃げればいい、でも今は無茶しないで」

「物好き、な女……」

 諭す私に苦笑し、気を失うように目を閉じるアージェ。これでしばらく無茶はしないだろうと安堵した私はシェイドに声をかける。

「ひとまずは安心していいわ」

「そうか……感謝する」

「いいえ、これが私の仕事だもの。それより、ようやく終わったのね」

 アージェの手当てが終る頃には王宮内の火災も落ち着き、煙に覆われていた空が鮮やかな青を取り戻している。静まった広間ではアスナさんたちが隠密を縄で縛っており、王宮を完全に奪還したのだと悟った。

「逃げた兄上の捜索は続けなければならないが、目的は果たせた。勝鬨をあげよう」

 大広間のバルコニーからは王宮の庭園や格子門が見える。そこにいる月光十字軍やミグナフタ国の増援に向けて剣を掲げると、彼は叫んだ。

「王宮は連合軍が制圧した。我らの勝利をここに名言する!」

 総大将ともいえる彼からの勝鬨を聞いた兵たちは一気に「オオーッ」と歓声をあげる。それは王宮内の兵にも格子門の外の仲間たちにも伝わっていき、空気を熱く震わせていた。私は仲間の清々しい笑みを眺めながら、目に込み上げてくる涙を我慢できずに流す。すると、肩に誰かに手が乗った。

「きみは影の功労者だよね」

 腰を屈めて私の顔をのぞき込んでいるのはアスナさんだった。

「私はなにもしていません。皆さんが自分の正義を信じて戦った結果だと思います」

「いいえ、あなたの存在は俺たちだけでなくあのシェイド王子にとっても光でした」

「――え?」

 視界が陰ったと思ったら、地面に座り込んでいる私の目の前にダガロフさんが手を差し伸べていた。

「ダガロフさん……」

「さ、手を」

 促されるままに彼の手を取り立ち上がると、今度は背中をグイグイと押された。振り向けば、ローズさんが額を指先で弾いてくる。

「い、痛いです」

「ぼさっとしてないで、あんたもシェイド王子の隣に立ちなさいよ」

「なぜ私が?」  

 おろおろしながら騎士の皆さんを振り返るが、温かい眼差しで見送られていた。誰も私の疑問には答えてくれる気配がない。半ば強引に前に出るとシェイドが私に手を差し出す。

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