異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「大腿には大きな動脈があるんです。そこが切れたら大出血して、あなたを助けることは難しかったかもしれません。でも幸いなことに傷ついたのは静脈、切創も浅い。だから大丈夫、助かりますよ」

 安心させるように、平常心でいるよう努める。静脈の出血は勢いが弱いとはいえ、興奮させれば出血量が増える。今は少しでも気を落ち着かせてもらわないとと、笑顔を浮かべて見せた。

「あなたは……医術の心得があるのですか? もしや、治療師でしょうか?」

 ときどき苦悶な表情を浮かべながら、私の顔をまじまじと見つめてくる彼に首を傾げる。

 医者や看護師ならわかるが、治療師とはなんだろう。初めて聞いた職業だが、それも医療従事者の類だろうか。

 そんなことを考えていると、ドゴーンッと爆発音のようなものが耳に届く。その衝撃波が生み出したのか、空気が震えるといった感覚を初めて味わった。

「ここは危険ですね、どこかに避難しないと」

 止血が終わると、彼に肩を貸して立ち上がらせる。

 そこで心の余裕が少しできたからか、彼の胸元の鎧に三日月と剣が交差するような紋章があるのに気づいた。

「でしたら……くっ、我が軍の救護幕舎に行ってください」

 足をつくと、振動が傷に響くのだろう。

 迷っている暇はない。とにもかくにも安全の確保が最優先だと思った私は「そこへ案内してください」と言って、彼を支えながら救護幕舎に向かう。

 その途中、折り重なる等にして地面に倒れている人間を大勢見た。今すぐにでも駆け寄って手当てをしてあげたいけれど、私の身体はひとつしかない。

 できることと、できないこと。最優先することと、後回しにすること。看護師として状況を把握し優先度の高い問題から解決していくという思考は、こんなときまで冷静に働いている。こうした自分に気づくたび、私は冷酷人間なのではないかと嫌になることもある。

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