【バッカスはネプチューンよりも多くの者を溺死させた】




 は、ふ、と息を漏らし、何度も角度を変えて、唇を貪った。

 十四年間恋い焦がれた相手との初めてのキスは、お酒の味と香りがした。ふたりで浴びるほどお酒を飲んだせいだ。

 だけど息や頬や胸が焼けそうなほど熱いのは、お酒のせいだけじゃないだろう。


 彼のシャツの胸元をぎゅうっと握り、うすく目を開けてみたら、目の前にいるのは間違いなく恋い焦がれた相手。嬉しくってふっと笑みをこぼすと「ずいぶん余裕だな」と、唇をくっつけたまま彼が言うから、くすぐったくてますます笑ってしまった。

 余裕なんてあるはずがない。この年になればキスなんて何度もしてきたけれど、こんなに嬉しくて、こんなに恥ずかしくて、こんなに胸が高鳴るのは初めてだ。好きな相手とのキスがこんなに幸福なものだとは思わなかった。


 シャツを掴んでいた手を彼の頬に移し、少しだけ身体を寄せる。すると彼もわたしの腰を引き寄せて、さらに深く唇を合わせた。混ざり合ってどちらのものとも言えぬ唾液が溢れたけれど、それを拭う時間すら惜しくて、そのままキスを続けた。



 関係を変えるつもりではあった。九日間も同じ屋根の下で過ごすのだから、今までできなかったこと、つまり会話をしようと。
 この十四年の会話時間を合計しても、きっと一時間に満たないだろう。だからこの九日間で、挨拶や世間話ができるようになれば。それをこの片想いの第一歩にしようと決意していた。

 でもまさかこんなことになろうとは。この展開は予想外。
 挨拶もクリア、世間話もクリア、きっと次は名前を呼び合うとか、談笑をするとか。そんな感じでゆっくり変わっていくつもりだったけれど。そういうのをすっ飛ばして、いきなりキスとは。