【酒は人を魅了する悪魔である。うまい毒薬である。心地良い罪悪である】





 バイブの音で目が覚めて、深く息を吐いてから身体を起こした。床の上で寝たせいで、あちこち痛んだけれど、ソファーで健やかな寝起きをたてる彼を見たら、そんな痛みはすぐに忘れてしまった。

 バイブの正体は床に落ちていたわたしのスマートフォン。連絡を寄越したのは母だった。

 再婚から十四年、新婚旅行はおろか、ただの旅行すら行けていなかった両親は今、九日間をかけて北海道を一周する旅行の真っ最中。楽しげなツーショット写真が添付されていて、北海道を満喫しているのはそれだけで分かるけれど、それ以上に子どもたちのことが心配だったらしい。「戸締りしっかりね」「お仏壇のお花の水取り換えてね」「お兄ちゃんと仲良くね」と。出発前にも散々言われたことを、改めてメールで伝えられた。

 まあ、両親の心配事は戸締りでも仏壇の花でもなく、わたしたちのことだろうけれど。広い一軒家に娘をひとり残すのは心配だったとはいえ、すでに家を出て十年以上経っている長男を呼び寄せ、十四年間ろくに会話もないまま過ごしてしまった義兄妹を、九日間もふたりで暮らさせるのだから。

 とりあえず心配している両親に「大丈夫だよ、お土産よろしくね」と返して、ソファーに目を向ける。


 お酒で失敗したことは一度もない。記憶が飛んだり、外で眠ってしまったり、一夜限りの関係を持ったことも勿論ない。だからわたしは、ゆうべのことも全部憶えていた。

 ゆうべあの人と――ソファーから大きな体躯を投げ出して、健やかな寝起きをたてる、果てしなく恰好良いわたしの義兄と、キスをした。あの唇に触れた。身体を寄せ、何度も何度も。

 お互い酔っ払っていたとはいえ、随分恥ずかしいことをしてしまったな、と。苦笑して、頬をぺちぺち二度叩いた。

 寝起きでぼんやりする頭で、どんな顔をして会話を始めればいいのかを考えた。でもどうしてもゆうべのキスの感触や味が浮かんでしまって、無理だった。そればかりか、朝からキスの先のことまで想像してしまった。もしかしたら、彼が途中で寝てしまわなければ、その先もあったのかもしれない、と……。……、……。

 コーヒーでも飲んで、早く頭をすっきりさせたほうがいい。



 ゆうべ、彼がわたしの肩で眠ってしまったあと。わたしよりずっと大きい彼の身体を支えながら、ソファーに寝かせた。肘置きを枕代わりにするため、その長い足を抱えて引っ張り、寝やすい位置に移動させる。ほんの少しの移動なのに息が切れてしまって、ぜえはあ言いながら床に座り込んだ。

 良いオチがついた。ろくに会話もできないからとお酒を飲んだら、会話じゃなくてキスを始めて、最後は寝落ちで終了、だなんて。十四年間、兄妹にも家族にも友人にもなれないでいた彼とわたしらしい。

 息を整えてからはいはいをしてソファーの脇まで行き、もう一度唇を奪ってやろうかなと彼の顔を覗き込んだ。一日の終わりに、残った体力を根こそぎ使わせたのだから、お駄賃がわりにキスくらい……。

 そう思ったけれどやめて、和室から持って来たお客さん用のタオルケットをかけてあげた。
 そして床に寝転んで、彼の寝顔を見つめ、さっきの出来事を反芻しているうちに、いつの間にか眠ってしまった。