三日後、ジルベール保護領の館でダミアとロジオンは向かい合っていた。

「きづなという言葉を知っているだろう」

 ダミアが告げると、ロジオンはうなずく。

「帰綱(きづな)。男精の呪いのことか」
「私たちから見たら呪いだな。精霊にとってはそれが愛なのだが」

 ダミアは苦々しい表情で続ける。

「精霊界からさらわれた女精を、孕む前に取り戻す。命を奪ってでも。イリューシャも父親か兄がかけた帰綱で、帰されようとしたんだろう」
「あいつら」

 ロジオンは吐き捨てるように言う。女性体の失われた今となっては想像するしかないが、娘や妹は愛おしいに違いないと思う。自分たちのものにならないなら殺めるというのは、身勝手に思えてならなかった。
 
 ダミアは首を横に振る。

「だがイリューシャは帰らなかった。拒絶反応は起きたが、命は落とさなかった。イリューシャは帰綱を振り切ったんだ。お前を気に入ったのか、私が迎えに来たことに安堵したのかはわからないが」
「ダミア。なぜそれを俺に話す? イリューシャを自分だけのものにしたいのはお前も同じだろう?」

 ダミアは目を伏せてつぶやく。

「同じだ。だからイリューシャを失うわけにはいかないんだ」

 ロジオンが言いよどんだとき、隣室で物音が聞こえた。

 ダミアが目配せすると、ロジオンは席を立って別室に向かう。イリューシャが落ち着くまで、怯えさせないようにロジオンは姿を見せないと約束していた。

「リィ。入っていいか?」

 ダミアは立ち上がって、隣室の扉をノックした。ややあって、屋敷に仕えている無性が内側から扉を開く。

「リィがいいと言ったのか?」

 ダミアは無性に冷ややかな目を向けたが、あきらめて目を逸らした。

 無性に複雑な行動原理はなく、ただ強者に従う習性を持つのみだ。屋敷の主が命じたとしか認識できなかったのだろう。

 ダミアはイリューシャの部屋に立ち入る。

「まだ寝ておいで」

 先ほどの物音はイリューシャがベッドから落ちた音だったらしい。血止めの副作用で力が入らないのか、イリューシャはベッドの脇で立ち上がることもできずにうずくまっていた。

 ダミアは屈みこんでイリューシャを抱き上げる。イリューシャは体を固くしたが、抵抗するだけの体力はないようだった。

 ダミアはイリューシャをベッドに座らせて、肩を支えながら言う。 

「体はつらくないか?」

 ダミアが問いかけると、イリューシャはあいまいにうなずく。

 ダミアは少し考えて、安心させるように付け加える。

「体が重いのは血止めの副作用だ。病気ではないよ。しばらく休んでいれば治る」

 イリューシャはまた小さくうなずく。

 ダミアは眉を寄せる。イリューシャは元々口数が少なく、ここのところ初潮を迎えて気分が沈みがちだった。けれどダミアと目が合ったら、無心に笑顔を向けてくれたというのに。

「……安心しておいで。リィが嫌がるなら、ロジオンは二度と近づけないよ」

 びくっとイリューシャの肩が跳ねる。ダミアは慎重に言葉を続ける。

「ロジオンは私の弟だ。怖い思いをさせてすまなかった」
「兄弟……私のにいさま?」

 ようやく言葉を発したイリューシャに安堵する。だがイリューシャの次の言葉に、ダミアは再び眉を寄せた。

「にいさまなら、また痛いことをしないといけない?」

 女精は家族を絶対視する本性がある。ダミアは首を横に振る。

「させないよ。リィは私だけの妹だ」

 ダミアはイリューシャの頬に手を当てて唇にキスを落とす。

 イリューシャの花のような匂いが鼻をかすめる。口づけるたび、いつもその花びらをかきわけて内側の蜜を味わいたい欲求に駆られた。

「にい……」

 獣性を恐れさせないよう、ずっとその欲を押し殺していたが。性急に押し入りたくなるのは有翼人種の性だった。

 イリューシャの戸惑いを感じながら舌を這わせ、誘導するように舌をからめる。

 つと唇を解放すると、イリューシャの瞳が恐怖に濡れていた。その後に続いたロジオンの性行を思い出したのだろう。

 ロジオンめ。焼けこげるような嫉妬を覚えながら、ダミアは微笑む。

「にいさまはロジオンとは違う。一つずつ、優しく教える。リィはいい子だから、きっと上手にできるようになるだろう」

 イリューシャの頬をなでて、ダミアは言う。

「……だからずっとにいさまの側においで」

 イリューシャを腕に閉じ込めて背を撫でたダミアは、激しい目で扉の向こうを睨んだ。