それは誰かの願いごと




その日は、いつもと変わらない朝だった。

いつもの時刻に起床し、朝の支度をして、通勤ラッシュを堪えながら、いつもの駅に降りる。

毎日の風景は劇的な変化もなく、いつもと変わりない通勤シーンが流れていった。

複数の路線が交差するターミナル駅の、メイン改札を抜けると、右に進むのがわたしのルートだ。

この時間帯、近辺にオフィスタワーが乱立するこの駅では、ほぼ一方通行で、流れに逆らわない以上、苦痛なこともない。

やがて、分岐をいくつか過ぎると、人波が一気に減る広場に出てくる。
まだ朝の早い時間だから何もないけれど、昼間はカフェのワゴンが出てたり、シーズンイベントが催されたりする場所だ。

ぎりぎり駅ビルの中になるので屋根があるし、外に向いている正面から風が吹いてくるものの、天候に大きく左右されにくいこの場所は、わたしも仕事関係のイベントで使わせてもらったことがある。


ここまでは、何度も言っているように、いつもと変わりのない朝だった。


――――――――――わたしが、その子に気付くまでは。



広場の両サイドに設けられたベンチの脇に、しゃがみこんでいる小さな子供が、視界に入ってきたのだ。

小学校に入る前、4、5歳くらいだろうか。サラサラしてそうな短い髪に、白いシャツ、紺色のベストを着ていて、こちらに背を向けるかたちでしゃがみこんでいる。
その後ろ姿だけでは、男の子か女の子かは分からないけれど、小っちゃくて、可愛らしい。
服装は幼稚園の制服のようで、でも周りに保護者らしき人物は見当たらない。
そしてその横を、大人達が黙々と通り過ぎていってるのだ。

その光景には、明らかに違和感を覚えた。


………あの子大丈夫かな。


そう思った瞬間には、もう声をかけていた。


「どうしたの?大丈夫?」

すると、その子はくるっと顔を向かせて、


「大丈夫ちゃうねん。ぼく、お腹空いてんねん………」

今にも泣き出しそうな声で、わたしに訴えたのだった。





そしてこれが、わたし達がこれから経験する不思議な出来事の、
はじまりの合図だったのだ―――――――――――――










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