悪魔の宝石箱
第四話 夏至
一年で一番昼が長い日、異都の人々は石のように眠って過ごす。
蛇の毒を調合した香を洞に焚きしめて、無理やりに冬眠状態にする。もちろん体に良いはずはない。子どもなどは体に麻痺が現れることもあり、病人はそのまま目覚めなくなることもある。
けれど人が暗闇の中で火を焚かずにはいられないように、異都の人々は太陽の力が一番強い一日を眠ることでしか過ごせなかった。
太陽、神、恐怖。どれも異都の人々には同じものだった。そして夏至はそれらが一番近くに迫る日だった。
「明日、洞を移る」
だから夏至を明日に控えた夜、環は柳石の言葉に耳を疑った。
「そんな……柳石様。明日は一日眠らなければいけないのに」
環が慌てると、柳石はほほえんだ。
いつものように環を膝に乗せたまま、壊れものにするように頬をなでる。
「そろそろ話す頃だと思ってな。夏至はお前の生まれた日なんだよ、環」
「私の……?」
「そう。一年で一番の、特別な日だ。そんな日に眠って過ごすなど、寂しいだろう?」
細工物のように整った顔が近づいて、環の唇を掠めていく。それだけで何かを期待してしまう自分に戸惑いながら、環は柳石の胸を押し返す。
「だ、だめ。眠らなきゃ、神様に怒られる」
「神?」
柳石は目を細めた。彼が少し不穏な空気をまとっているのに気付いて、環は怯む。
「お前の親は私だろう? どうして私以外のものの顔色をうかがうんだ?」
だって、神様は怖いもの。逆らってはいけないものだもの。
環はそう言おうとしたが、言葉にできなかった。それはそっくりそのまま、今の柳石への気持ちでもあった。
彼が怖くて、逆らえない。大切に守られているのは変わりないのに、子どもの頃のように無心に甘えられない。
「環、私に何を隠している?」
首筋をかまれて、環はもどかしいようなうずきを感じる。思わず唇を噛むと、それを咎めるように口づけられた。
「お前の心に私以外のものが棲んでいるだろう」
「違う……柳石様は」
太陽で、神で……恐怖で。説明を阻むように口を塞がれて、悲鳴も出せない。
まるで瀕死の小動物のようだと思う。
柳石が生まれた日を知っているのなら、自分は彼の目の前で生まれ、捨てられたのかもしれない。
……私は、格子の中で産み落とされたのだろうか。
柳石は環の頬をつたった涙をなめる。
「環。私の愛し子。何を泣いている?」
目を閉じても止まらない涙が、環の頬を流れていく。
「私は神などより、お前を愛しているよ」
柳石は環の喉をぺろりと舐めた。それは小さな生き物の息の根を止めるかのようにも見える愛撫だった。
蛇の毒を調合した香を洞に焚きしめて、無理やりに冬眠状態にする。もちろん体に良いはずはない。子どもなどは体に麻痺が現れることもあり、病人はそのまま目覚めなくなることもある。
けれど人が暗闇の中で火を焚かずにはいられないように、異都の人々は太陽の力が一番強い一日を眠ることでしか過ごせなかった。
太陽、神、恐怖。どれも異都の人々には同じものだった。そして夏至はそれらが一番近くに迫る日だった。
「明日、洞を移る」
だから夏至を明日に控えた夜、環は柳石の言葉に耳を疑った。
「そんな……柳石様。明日は一日眠らなければいけないのに」
環が慌てると、柳石はほほえんだ。
いつものように環を膝に乗せたまま、壊れものにするように頬をなでる。
「そろそろ話す頃だと思ってな。夏至はお前の生まれた日なんだよ、環」
「私の……?」
「そう。一年で一番の、特別な日だ。そんな日に眠って過ごすなど、寂しいだろう?」
細工物のように整った顔が近づいて、環の唇を掠めていく。それだけで何かを期待してしまう自分に戸惑いながら、環は柳石の胸を押し返す。
「だ、だめ。眠らなきゃ、神様に怒られる」
「神?」
柳石は目を細めた。彼が少し不穏な空気をまとっているのに気付いて、環は怯む。
「お前の親は私だろう? どうして私以外のものの顔色をうかがうんだ?」
だって、神様は怖いもの。逆らってはいけないものだもの。
環はそう言おうとしたが、言葉にできなかった。それはそっくりそのまま、今の柳石への気持ちでもあった。
彼が怖くて、逆らえない。大切に守られているのは変わりないのに、子どもの頃のように無心に甘えられない。
「環、私に何を隠している?」
首筋をかまれて、環はもどかしいようなうずきを感じる。思わず唇を噛むと、それを咎めるように口づけられた。
「お前の心に私以外のものが棲んでいるだろう」
「違う……柳石様は」
太陽で、神で……恐怖で。説明を阻むように口を塞がれて、悲鳴も出せない。
まるで瀕死の小動物のようだと思う。
柳石が生まれた日を知っているのなら、自分は彼の目の前で生まれ、捨てられたのかもしれない。
……私は、格子の中で産み落とされたのだろうか。
柳石は環の頬をつたった涙をなめる。
「環。私の愛し子。何を泣いている?」
目を閉じても止まらない涙が、環の頬を流れていく。
「私は神などより、お前を愛しているよ」
柳石は環の喉をぺろりと舐めた。それは小さな生き物の息の根を止めるかのようにも見える愛撫だった。