星空電車、恋電車
「よかった」
樹先輩はにっこりとして右手を出した。
「ん」

”ん”って?差し出された右手を握ってもいいと気が付くまで約3秒。
きゃー、こ、これって。
いいのかな、いいんだよね?
私はドキドキしながら自分の左手の汗をジャージの裾で拭って先輩の手に重ねる。

「うん、OK」
樹先輩はまた笑顔になって歩き出した。

う、うわー。手をつないでる。
私、樹先輩と手をつないでる。
ほわわわーんと夢見心地で海岸線を散歩した。

初デート、海、手つなぎときて気分は最高潮。
それから砂浜に降りて足首まで波に浸かったり、座り込んで砂の山を作ったりして過ごした。

恋人同士みたい。
いや、付き合ってるんだけど。

樹先輩とこんな時間を過ごすのが初めてで、何もかもが夢のよう。
たくさん笑って、たくさん話をした。
たくさん先輩の笑顔を見て、たくさん先輩のことを知った。

日が暮れてしまい私たちは仕方なく帰り支度を始める。
今日が終わってしまうと次はいつ時間を作ってもらえるのやら。
毎日だってデートしたい、もっと会ってもっと話してもっと近づきたい。

「次はインハイ後にデートしような。で、いつか一緒に流星群を見に行こう」

満面の笑みの樹先輩に心の中でため息をついた。
うん、もちろんそうですよね、私ほどの想いは樹先輩にはないのかも。

樹先輩は学校を代表する短距離ランナーで、県選抜にも選ばれているアスリート。
私が樹先輩の時間を独占できるなんてことは競技を引退するまで無理でした。

「ちーのタイムが上がってるって京平が言ってたよ。このままなら二人一緒にインハイでいい記録が出せるかもしれないだろ。頑張ろうな」

確かにこのところ私のタイムは爆伸びしている。今日は顧問にも褒められた。タイムだけなら昨年度のインハイ入賞者とほぼ変わらないくらい良かった。
問題はメンタルに左右されて安定的に記録が出せないことなんだけど。

”ふたり一緒に”
そう、二人が一緒にインハイに出場できるのは今年が最初で最後のチャンスだ。

「はい。ガンバリマス」

そう言ってまだ帰りたくない気持ちを閉じ込めた。
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