今、なんて言ったの?
数秒前に言われた台詞を理解できない。
それなのに鼓動だけが忙しないリズムを刻む。
「聞こえなかったか?」
丁寧に確認してくる余裕が憎らしい。
「だから俺と結婚しないか?」
低い声が耳朶を震わせ、ゾクリと背中に痺れが走る。
……なんの冗談?
「言っておくが、冗談じゃない」
私の考えなんてお見通しと言わんばかりに念押しされる。
「――詠菜」
まるで誘惑するかのような、甘い声。
骨ばった長い指が頬に触れる。
逃げなくちゃ。
この声に、目につかまってしまう前に。
これ以上惹かれてしまう前に。
「なにを言われても、俺はお前が欲しい」
色香を含んだ声が耳に響く。
「諦めるつもりはないから、さっさと覚悟しろよ?」
傲慢な口調に似合わない凄艶な眼差し。
本気で私を望んでいないくせに、想ってもいないのにそんな言い方をしないで。
でも、それはきっとお互い様。
私だってあなたを好きじゃない。
あなたの妻になんて、なりたくない。
……あなただけは絶対に好きにならない。