「おはよう、詠菜」


……空耳? 

朝から采斗さんの低い声が聞こえてくる。

そんなわけはないのに。


それにしても私のベッド、いつの間にこんなに寝心地がよくなったんだろう。


「俺の妻は寝起きがあまりよくないようだな。そんなところも可愛いが」

「……へ?」

夢うつつの目に映るのは完璧な美形男性。

クスクスと楽しそうな声が耳に届く。


頬に触れる、骨ばった指がくすぐったい。

……くすぐったい?


「あ、采斗さん!?」

「目が覚めたか?」

至近距離から私を覗き込む美麗な容貌に瞬きを繰り返す。


「な、なんで」

「おはよう、奥さん」

その呼びかけに昨夜の記憶が一気に蘇る。



『なんで背中を向けてるんだ?』

低い不機嫌そうな声が響く。

何度も新生活に慣れるまでは寝室を別にしようと提案したが案の定、聞き入れてもらえなかった。

結局痺れを切らした夫に強引に抱き込まれるようにベッドに入れられた。


『べ、別に』

向かい合って平然と眠れるわけがない。

今でも背中から抱きしめられている今の状況に心臓が口から飛び出しそうなのに。


『詠菜』

先ほどとは打って変わった甘い声が吐息とともに私の耳元に落とされ、ビクッと肩が跳ねた。

さらに肩を引っ張られ、強引に向きを変えられてしまう。


『一日の終わりの挨拶は必要だろ?』

美麗な面差しが薄闇の中ゆっくりと近づいて、彼の唇が私の唇にそっと重なる。


『お休み、俺の奥さん』

瞼に小さなキスを落として、彼が私をゆるく胸の中に閉じ込める。

ドキドキと心臓が狂ったような音を立てる。

間違いなく私の速い鼓動はこの人に聞こえているだろう。


こんな毎日に慣れる日なんて、きっと来ない……たとえ一年経っても。

それなのにこの胸の中は居心地がよすぎて、ずっとこのままでいたいと甘えそうになってしまう。


そんな私の気持ちは絶対に知られるわけにはいかない。