そのままの君が好き〜その恋の行方〜
しばらく、その場に立ち尽くしていた俺は、やがて流れる涙を止めることも出来ないまま、1人歩き出した。


なんで自分の気持ちをもっと早く伝えてくれなかったんだ、唯にそう言いたい思いはあった。


だが、もし本当に彼女が、真っ直ぐにその気持ちを伝えて来たら、俺はどうしたんだろう?


唯の兄である白鳥先輩は、お父さんの後を継ぐことを激しく拒み、家を出てしまっている。唯がそんなお兄さんの動向に関わらず、将来お父さんの会社に入って、お父さんを助けたいと言う希望を持っていることは、付き合う前の高校生の時から聞いて、知っていた。


そんな唯と付き合い、それもおぼろげながら結婚を意識するような付き合いをするということが、どういうことなのか、俺は本当に考えたこともなかったのだろうか?


答えは否である、というよりその現実から目を背け続けて来たのだ。


俺には唯の夫になったとしても、唯と共に、重責を担う能力も意思もなかった。だから、唯はそんな俺に失望して、俺に別れを告げたに違いないのだ。


今日、唯は眩いばかりに着飾った姿で俺の前に現れた。高級レストランで、何ら戸惑うことなく振る舞い、高額の食事代を自分名義のクレジットカードで、こともなげに支払って見せた。


思えば、今まで唯はそんな姿を俺や周りの友人、知人に見せたことはなかった。サークルの飲み会で居酒屋に平気で行ったし、俺が金がなくて、ファミレスに誘っても嫌な顔1つしなかった。ブランドの服やバッグをこれみよがしに身に着けて来ることもなかった。


だけど、今日の彼女は違った。それは、あなたと私はもう同じ道を歩むことは出来ないのだというメッセージを俺に伝える為だったのだと、今更ながら気付かされた。


そこには、もう俺に甘えてばかりの唯の姿はなかった。一人称がいつの間にか「唯」から「私」に変わっていたように、唯は本当に大人になって、俺から巣立って行ってしまった。


唯は、もうそれっきり大学に姿を見せることはなかった。彼女がアメリカに向け、旅立ったことを先輩から聞いたのは、1週間後のことだった。


「俺達の為に、ソウに辛い思いをさせてしまった。すまなかった。」


そう先輩に頭を下げられたけど、俺は首を横に振った。


本当に唯を憎む気持ちも、先輩を恨む気持ちも俺にはなかった。だけど、この別れが、俺の心に大きな傷を残したことも、間違いなかった・・・。
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