ユルトと精霊の湖
・ ユルトの歌

・森を渡る歌声


声が、聞こえた。

やわらかに伸びる声は、高く低く、つたないながらも心地よい旋律を成し、木々の葉を揺らす。

不思議な魅力にあふれた、美しい声。

その声は風に乗り、更に深い森の奥、人ならざる存在が住まう“王の森”にも届いた。

王の森とは、成人男性が手を繋ぎ、十人並んだら届くくらいの幹を持った、巨木の立ち並ぶ森のこと。

生い茂った葉が日光を遮って、真昼でも暗く、人の目であれば、ほとんど夜のように見えることだろう。

その中心部には、ひときわ大きな巨木。

“王の樹”と呼ばれるそれは、その名の通り、王が住まう大樹として、この森に住まう存在全てをまとめ、守護する存在の象徴であった。

この樹を畏れ、敬うように、周りの木々も、一定の距離を超えて枝を伸ばしはしない。

静謐な空気に満ちた、王の間。

その中心たる大樹の影から、音もなく美しい少女の姿をした存在が、姿を現した。

薄暗い森の中に白く、浮かびあがった小さな顔は、人ならばありえない美しさ。

身にまとうキラキラと光り輝く小さな粒が無数に散った、星屑を織り上げたような薄衣さえ、引き立て役にしかならない程だった。



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