一方、弥生もパートを終えた帰り道。
自宅マンションまで、もう少しの距離である。



「あの……野上原部長の、奥さまでいらっしゃいますか」



清楚な美人が話しかけてきた。
太田美羽である。


弥生は息を飲んだ。


弥生と美羽は近くのファミレスに入り、ボックス席で向かい合って座る。
突然のことに弥生は戸惑い困惑したが、いずれは顔を合わせるかもしれないとは思っていたので、それが早く来ただけだと思うことにした。



そう思わなければ心の準備など一生、出来ない。



弥生が和人の妻だとわかったのは、弥生がマンションの部屋のポストを開けていたからだという。



「ごめんなさい。気持ちの悪いことをして。もう部長とは会っていません」



弥生は美羽を見つめる。

愛人とは弥生の中では言い方は悪いが、けばけばしく図々しい女がやるものだと思っていた。

弥生には知的で清楚なお嬢さんに見える。


だが、あんなベッド写真を撮られているというのに、わざわざ弥生の前に姿を現すとは一体どういう心の持ち主なのだろう。




「訊くけど夫が、和人が近寄ったの?」



美羽は首を振る。



「いえ。野上原部長は悪くありません。わたしから誘いました」



美羽は和人をかばっている。



「夫と別れてほしい?」



弥生が訊ねるが美羽は無言だったが、当然そう思っているだろう。

そうでなければ悩む必要はないのだから。

弥生もその返答には期待していなかったので別に無くても構わなかった。



「夫は四十五才。二十年もしたら定年になる。そんな男と添い遂げたいの?それに会社と家庭での顔は違うものよ」



冷静で物事を落ち着いて見られる夫だが家のことはまるで駄目で、結婚当初はガスに火も着けられなかった。

和人の母である姑からも「和人は台所なんて立たせないでちょうだい」と釘を刺されたものである。

料理は今でもやらないが掃除や洗濯などは結婚後はやるようにはなった。
しかし昼間に家にいる主婦がやればいいという考えは抜けていない。

女は結婚を幸せの終点と考えがちだが、男にとっては新たな領域への挑戦となるのだ。



「太田さん、あなたはまだまだ若いわ。だから勢いのある恋愛に夢中なのよ。二十年後のことなんて想像もできないでしょうけれど、現実は厳しいものよ」


弥生は自分の経験と現実を話しただけだが、若い美羽に伝わったかどうか。
若い愛人に捕られまいとする必死な古女房に見えたかもしれない。



「両親からお見合いを薦められています。このままだと両親が決めた結婚をさせられてしまいます。好きな人がいれば別だとは云われていました。焦っていたのかもしれません」



美羽の前のコップに大量の水滴が着いていて、流れ落ちている。



「奥さまには大変申し訳ないことをしてしまいました。法律に乗っ取り慰謝料も払います。会社も辞めます」