異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~
「手伝おう」
それだけ言って、シェイドはご老人の上にいくつも重なるようにして乗っかっている瓦礫を町民と一緒にどかしていく。
私はその様子を見守っていた町の女性たちを振り返った。
「この方はいつから身体を挟まれていますか?」
「えっと、ついさっき建物が崩れたんです。だから、時間にしたらそんなには……」
「ありがとうございます。でも、急がないと」
長時間、身体の一部がなにかに挟まれるなどして圧迫されると、血流が滞って筋肉細胞が障害や壊死を起こしてしまう。
すると、毒性物質が発生して圧迫を解放した瞬間に心臓や腎臓に一気に毒が回り、機能を止めてしまうことがあるのだ。
二時間が限界だわ、それ以上は逆に瓦礫を取り除くのは危険行為になる。
でも、この世界には血液を綺麗にする透析の機械がないから、毒を取り除けない。
つまり二時間を過ぎれば、どのみち男性は助からなくなる。
「誰か、月光十字軍の幕舎に行って人手を集めてきてください!」
そう声を上げれば、「俺が行って来よう」と男性のひとりがすぐに答えて走っていった。援軍が到着するまでシェイドは地道に瓦礫を取り除き、私は下敷きになったご老人が救出されたあとに手当てできる環境を町の女性たちと作る。
すると、三十分ほどで大勢の人を引き連れたアスナさんがやってきた。
「おーい、連れてきたよ!」
月光十字軍の兵の数を遥かに超えている群衆の中には、アイドナの町民たちが混ざっている。彼らは私たちのところに到着するや否や、「この瓦礫をどかせばいいんだな」と積極的に動き出していた。
アスナさんも瓦礫を遠くに放り投げながら、経緯を簡単に説明してくれる。
「サバルドの町の人たちが今回は自分たちの勘違いで戦争を起こしてしまったからって、手伝いに来てくれたんだ」
説明を聞いていたアイドナの町民たちは敵同士だった相手がたったひとりの命を救うためだけに駆けつけた事実を知って、驚いている様子だった。
けれど、必死になってご老人を助けようとするサバルドの町民の姿に胸を打たれたのか、アイドナの町民たちも協力しあって、なんとか全ての瓦礫をどかすことができた。
「ありがとうございます。皆さんのおかげで助かりました」
ご老人は目に涙を浮かべながら何度も頭を下げていて、その姿にどっと歓声がわく。
そして、この出来事が皮切りになり、アイドナの町民たちは快くサバルドに水の補給をしてくれることになった。
町長たちも『民が手を取り合っているのに、自分たちが争っていては本末転倒だ』と、無事に町境の幕舎で和解を果たし、なんとか戦は平定した。
握手を交わしている町長たちをほっと胸を撫で下ろしながら見守っていると、シェイドが「サバルドの町長に聞きたいことがある」と一歩前に出た。
「井戸は二週間前に作られたものだと言っていたが、王宮でそのような支援をした報告はあがっていない。どこの誰が作ったものだ?」
あの井戸のせいで今回の争いは起こったも同然なので、建築に関わった人間の話を聞かなければならないのだろう。
私も含めて、騎士隊長の皆さんも町長の返答を待つ。
「数日前、村にローブに身を包んだ旅人がやってきましてね。泊まるところがないというので、宿を無償で貸したんです」
「ローブの男、ですか」
シェイドの目が鋭く細められ、やましいことなどなにもしていないはずの私の心臓が大きく跳ねる。
「ええ、店主から井戸が壊れたことを聞いた旅人の方は一宿一飯の恩返しにと、どこからか数人の大工を連れてきて井戸を造ってくれたんです」
なぜか、頭に浮かんだのは森で見た銀髪の青年の姿だった。
まさか、ね……。
あの人のことを深く知っているわけでもないのに、悪さをするような人にはどうしても思えず、私は嫌な予感に気づかないふりをした。
「町長、話してくれて感謝する。このあとも王宮では継続して復興支援をさせてもらおう。だが、次から入用な設備がある際は王宮に申し出るように。特に口にするものに関しては用心してくれ」
穏やかに注意を促したシェイドに、ふたりの町長は深々と頭を下げる。
これがもし、意図的に仕組まれた病原散布だったとしたら。そんな不安ときな臭さを残して、私たちは王宮へと帰還するのだった。