「青木、今夜付き合え」


混雑する昼の食堂で、声優を目指せるほどの美声が轟く。

言葉だけ聞けば告白の前段階にも、いかがわしい発言にも聞こえるが、彼は左手でグラスを握る仕草で手首を傾けたーーーいわゆる、呑んでいるポーズだ。

青木悠莉は、本日のBランチのチーズチキンカツ定食をもそもそと咀嚼した後、めんどくさそうに振り返った。


「パス。今月貧乏なんで」


事も無げに断る彼女を、周囲の女子社員が一斉に見た。


「なんだよ、また?お前付き合い悪いぞ」

「たった三回断ったくらいで大げさな。っていうかお前も誘うタイミング考えろよ。なぜ給料日前に誘う」

「そうだった……俺と違ってお前は給料の遣り繰りをするだけの頭がないんだった……ごめん」


全力で悠莉をバカにしている彼、小野寺大地は青木悠莉の同期であり、社内における貴重な呑み友達である。

185cmの長身に甘いマスク、美声、経理部の中堅としてバリバリ働く彼は、株式会社リコリス化粧品のアイドル的存在であった。

常に女性社員から注目され、月に一度は誰かが告白している、誰もが認めるモテる男である。

そんな彼に近づく女性は他の女性社員の反感を買い、会社での居場所を失くすこともたびたびある。

だが一人だけ、例外が存在した。


「奢ってくれるなら付き合ってやってもいいけど」


チーズチキンカツを平らげて、味噌汁を啜りながら、悠莉は不遜に笑った。


「仕方ない、奢ってやるよ。19時に正面玄関待ち合わせな。今日こそ潰してやる」

「はいはい」


上機嫌に去っていく彼を熱いため息と共に見送ったのは悠莉の同期、白石美咲である。


「いいなぁ……私も女捨てれば小野寺君と仲良くなれるのかな?」


うっとりとその後ろ姿を見つめる様は、いかにも恋する乙女といった風情で愛らしい。

美咲は雪のように白い肌と、色素の薄い柔らかな茶髪の美人である。

普通27にもなって両手を頬にやる仕草をすれば痛い人以外の何者でもないが、彼女がやる分には全く違和感がない。


「なんか今さらっと失礼なこと言わなかった?」

「事実だもーん。だって悠莉って加齢臭のしないおじさんじゃん」

「おいこら」

「普段の言動がもはや女性じゃないし。そこまで女性やめてたら、そりゃイケメンと仲良くたって僻まれないよね。男友達みたいなものなんだから」


我が友人ながら酷い言い様である。

やや憮然とした悠莉だが、加齢臭のしないおじさんという表現は妙に納得してしまった。