ビタースウィートメモリー
豚の角煮と塩辛、だし巻き玉子をつつきながら、悠莉はグラスに並々と赤ワインを注いだ。
明日は水曜日。一週間の中でもっともだるくなる日である。
仕事の能率を下げないためにも、今夜は一本か二本でやめておきたい。
「実はさ、浮気がばれたんだよね」
唐突な大地のカミングアウトに赤ワインを吹き出しそうになったのを必死でこらえ、悠莉はむせた。
「いきなり何の話しだ!?」
せっかくのワインが鼻の奥に入ってしまった。
むず痒くて微妙に痛い。
「いや、浮気っていうほど本気で付き合ってたつもりはないんだけどね、俺は。三人とも最近結婚をほのめかしてきて鬱陶しかったから、デート現場で鉢合わせするように仕向けて、愛想をつかしてもらおうとしたんだけど……」
うまくいかなかったんだわ……とぼやく大地を、悠莉は白い目で見た。
「最低、クズ、女の敵。金たま潰れてしまえ」
小野寺大地の欠点はその完璧な見た目に反して意外と多い。
必要以上に負けず嫌いであるところ、実はまったく掃除や片付けが出来ず、彼女がいない間の自宅はゴミ屋敷であるところ。
そして何よりも深刻なのが、女性関係が派手で、誰と付き合っても長続きしないところだ。
「クズでけっこう。女の子とは付き合いたいけど結婚はする気全然ないって、俺は最初の時点から言ってるのにな。みんななぜか、付き合ったら考えが変わるって思ってるんだよ」
「っていうかなぜ三股?過去最多じゃん」
社会人一年目、いや大学の時から、悠莉は彼の爛れた性生活を間近で見てきた。
相手の女性に復縁の協力を求められたことも、一回や二回ではない。
「いや、使い分けすると便利だなって気づいてさ。セックス担当、掃除担当、料理担当で」
「お前一回刺されたほうがいいよ。元カノ達に殺されても文句言えないわそれ」
ぱっちりとした綺麗な二重の瞳は澄んでいるが、大地の発言は驚くほど外道である。
「そんなわけで、頼みがある!」
「何がどういうわけだよ。どんなことか知らんが断る」
どうせろくな頼み事ではないと断じて即答した悠莉だが、大地はそれをスルーした。
「すまん青木、俺と付き合って!来週には別れるからさ!」
「は?」
今、目の前にいる男はなんといったのか。
あまりのパワーワードに、悠莉の脳は一時的に思考を停止した。
彼女のふりだなんて、そんな面倒くさいこと引き受けてたまるかと即答で断った悠莉だが、相手は一枚上手だった。
無類の酒好きである悠莉の弱点を的確についてきたのだ。
「もし協力してくれるなら……響の30年もの、買ってやろう」
日本が誇る高級ウィスキーに、思わず悠莉は唸った。
一本10万円はくだらないそれは、価格が価格なだけになかなか手が出せない。非常に魅力的である。
さらに悪魔はケータイ画面のAmazonアプリを起動し、購入画面を見せつけてきた。
よだれを飲み込むごくっという音が鳴り響き、大地は勝利を確信したが、理性をフル稼働させた悠莉は寸でのところで断った。
「絶対後で面倒くさいことになる。やっぱり無理」
「そうか……ところで青木、お前俺より給料もらってるはずなのに、なんでいつも金欠なんだっけ?」
「そ、それは……」
無論、酒代である。
焼酎、ウィスキー、ワイン、ビール、あらゆる酒の高級ラインを自分へのご褒美と称して買っているため、中々貯金が貯まらないのだ。
現在月給は40万近くもらっているが、そのうち貯金に回せているのはいつも5千円だけという有り様だ。
特に今月は思いきってビールサーバーを購入したため、本当にじり貧生活である。
「俺に協力してくれている間は酒代を持ってやるよ。響の30もの、まだ飲んだことないだろ?」