梅雨前線通過中
長梅雨
 火曜日の空は、朝から白っぽい雲に覆われていた。
 バッグに忍ばせたワインレッドのコンパクトな折りたたみ傘は、化粧品のノベルティだ。
 天気予報では、薄日が差すこともあり大きく崩れることはないというが、どうにも信用できなかった。
 雨が降らなかったとしても、今の季節なら、長傘を持ち歩いていたところで、おかしなことではない。――たとえそれが、婦人用だったとしても。
 美緒は、薄ぼんやりとした空を見あげる。
 昨夜はひっきりなしに着信音を鳴らしていた携帯も、さすがに今朝は沈黙を保っていた。



『捨てるのが面倒なら着払いで送って』

『傘ってどうやって送るの?
梱包のほうが面倒くさい』

 じゃあ、どうしろというのだ。冷めていくカレーを横目にため息をつく。
『やっぱり捨てて』もはや予測変換で打てるようになった文章を美緒が送信する前に、新しいメッセージが表示された。

『お互いに今日と同じ電車に乗れる日に返すよ』

 たしかにその方法ならば梱包の手間はない。

『でも金谷君だって毎日定時じゃないでしょう?』

『乗れそうな時に連絡する
無理なら断って
傘は会社に置いとくから』

 有無を言わさず、パジャマを着た柴犬が、鼻面を尻尾にうずめて『おやすみなさい』の挨拶をする。
 美緒もナイトキャップを被る三日月のイラストを送り、昨夜はやり取りを終わらせたのだ。


 どうして金谷が、そこまでして使い古した傘を返したがるのかはわからない。
 けれど、もう少しだけ新しい傘を買うのは待ってみよう。
 轍に残る水たまりを避けながら、いつもの通勤路を歩いた。

 
 昼休み。
 電話番として事務所に居残った美緒は、行きに買ってきた菓子パンをデスクに広げて昼食をとっていた。
おしゃべりをする同僚は不在。暇を潰すテレビもない。左手に夕張メロンクリームパンを持ち、右手は携帯の芸能ニュースや天気予報などの画面を見るともなしに繰る。
 ――夕張メロンってこんな味だっけ?
 疑問を抱きつつかじったオレンジ色のクッキー生地がポロリと口元からこぼれ、液晶画面の上に落ちた瞬間、電子音が鳴った。

『ごめん
今日はムリ』

 金谷だった。

『私も遅くなりそうだから』

 美緒も送り返して、窓の外を眺めやる。
 案の定天気予報は外れたようで、いつの間にか細かい雨が降り始めていた。
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