お屋敷の雪と奈奈
4.百合の部屋



ジャラジャラと古びた鉄がこすれあう耳障る音が響く。



闇に包まれて、あたりが何もないかのように視界を奪われている。

感じられるのはこの金属の音と手首や首にかかる鈍い重み。



口が、喉が、渇いてきた。

ヒュウッと喉がなる。





その瞬間足音が聞こえた。
自分は足を動かしてはいない。


彼だ。彼がきた…!


ピクッと体が震えた。どんどん近くに寄ってくる音に耳をすませる。







ギィッと扉がなった。


「奈奈、僕だよ」


ゆ、ユキ、雪さ、んだ。

見えない闇の中で顔を動かす。


雪は近くにいたのか、そっと手で顔を包みこまれる。

「ゆ、ユき、さん…」
水分が足りないのか少し掠れた声が出る。

「奈奈、前にも言っただろ?雪さんじゃなくて、"ゆき"って。
昔は雪兄さんって呼んでくれてたのにいつの間にか、さん付けで他人行儀になってしまって」
少し怒ったような拗ねたような声で、奈奈の耳にかかった髪を撫で上げる。


「ごめ、ん、なさぃ…ゆき….…」
「うん。いいよ。早く慣れてね、奈奈…」

髪に触れていた左手がそっと頬をなで、その手の親指で下唇をゆっくりとなぞる。
右手もそっともう片方の頬に添えると、雪の唇が親指の跡を触れた。

柔らかい感触が伝わってくる。
優しく触れ合うようなキス。

そっと口を離すのかと思えば角度を変え、さらに深く口付けられた。形の良い唇を体で感じる。



ほうっとため息をつくかのような、優しい甘い囁きが奈奈の耳をかすめた。

「奈奈、愛しているよ。

君がずっとここを愛したように。僕もずっと君をこの場所で愛すよ」









この古く佇むお屋敷は様々な人の想いを受けて時代を歩いてきた。

特に百合の部屋は、代々、愛を永遠にする部屋とも呼ばれ、このように愛する人をずっと"そばに"感じられる場所であった。


僕がずっとこのお屋敷から外へ出て行くことができないのも、先祖から受け継がれるように奈奈を百合の部屋へ閉じ込めたのも、きっとこの屋敷への愛しさや呪いによるものなのだろう。





僕は1人の少女の体と屋敷を愛おしく抱きしめた。












「ゆき…?」

スルッと何か解ける音がした。

奈奈は視界がひらけていくのと同時に、楔の重さに涙がこぼれた。


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