「ごめん。ちょっと急用が入った。鈴木さん、今日は戻れそうにないから、後の予定は全部キャンセルして」
そう私に指示を出す氷堂の顔がいつになく緊張しているように見えた。
三時から来客があるのに、その予定をキャンセルするなんて余程のことがあったのだろう。
「外出されるなら、社用車を手配しますけど」
気遣うように言えば、氷堂は小さく頭を振った。
「いや、いい。帰りがいつになるかわからないからタクシー呼んで」
急いでいるのか、彼は私の顔を見ずにオフィスを後にする。
「はい」と返事をする間もなかった。
すぐに電話でタクシーを呼んで、氷堂の席をじっと見る。
タクシーで行くということは、行く場所を誰にも知られたくないのだ。
個人的な用件といったところなのかしら?
例えば、よそに恋人がいてその女の人から呼び出されたとか?
いいえ、氷堂のような腹黒悪魔が女にメロメロになるなんてあり得ないわ。
恋愛なんてくだらないと思っているだろうし、女なんかよりもビジネスが大事に決まってる。
でも、もし彼が恋に落ちたら?
私は……もう用無し。
ううん、違うわ。氷堂から解放されて晴れて自由の身になるのよ。