「ただいま」

 家に戻ると、待ち構えていたように出迎えたお母さんが私の後ろへ視線をやる。

「八神さんは? 送っていただいたんでしょう?」
「うん。送ってくれて帰った」

 パンプスを脱いで、スリッパに履き替えてからそのまま二階へと続く階段に向かう。

「心春、夕食は? どんな話をしたのか教えなさいよ」

 時刻は十八時。アフタヌーンティーをたくさん食べてしまい、夕食を考えただけでも気持ち悪くなる。

「お腹いっぱいで夕食はいらないから。ちょっと休むね」

 いろいろ聞きたそうなお母さんから離れて自室へ入ると、すぐベッドにゴロンと横になった。

 ホテルを出て、車に乗っている間もずっと、八神さんに提案された〝契約結婚〟のことを考えていた。

 この結婚を断ればお父さんの会社は危うくなって、私は留学どころではなくなる。そうなれば、日本で働いてお金を貯めて、いつかはパリに戻りたいけど、すぐには無理だろう。

 八神さんの提案を受け入れれば、お父さんの会社は安泰。私はパリで語学を学びながら生活できて、一年半後、八神さんの妻でいるのが嫌ならば別れられる。

 生理的に受け付けない人だったら、お父さんには申し訳ないけれど即断っていただろう。だけど、八神さんは私にはもったいないほど素敵な人だと思う。

「はぁ……」

 重いため息が漏れる。

 どうすればいいの……?