クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する

罠か好機か

「スイーツの世界大会、ですか?」

翌朝、オークフィールドホテルの執務室に出勤した和生のもとに、本社の社長から呼び出しがかかった。

「そうだ。前回の30周年記念で開催した世界大会が好評でね。前回は日本の企業が主催だったが、今回は、ショコラ、ボンボン、パティスリーなどいくつかの部門で優勝者を決める。フランスの有名なスイーツ協会が当ホテルに会場提供を申し出てきた」

オークフィールドホテルの社長は、和生の叔父である樫原正孝。

正孝は、ニコリと微笑みながらも、鋭い眼差しで

「ただし、あちらからの条件は、゛favori crème pâtissière ゛の氷山愛菓をパティスリー部門に出場させること。そして、彼女が負けたら、氷山さんをフランスのパティスリーに修行に出すことだ」

と和生に告げた。

「話になりませんね。そんな、当方に全く利益がない申し出に応えるはずがない」

和生は、氷の微笑みと称される冷たい視線で正孝を見た。

「そうでもない。フランスのスイーツ協会の賞を取ったとなれば、彼女も、彼女のお店も更に有名になるだろう。それに、負けてもフランスの有名スイーツ店に修行に行けるなんて得はしても損はない」

「彼女は称号や、個人的な称賛に興味はない。純粋にスイーツが好きなお客のためにスイーツを提供している。その延長線上に大会への参加があるだけだ」

「それならなおさら、本場の味を知り尽くしたいと彼女は思うのではないのか?」

「・・・」

これまでの和生なら、自分の利益にならないと判断したなら、是が非でも愛菓を手中におさめたままで囲いこんだだろう。

だが、和生の中には、愛菓を愛しいと思う気持ちが芽生えてしまった。

何が愛で、何が恋かはわからない。

だが、彼女の自由にさせてあげたい、尊重したいという気持ちと、囲いこみたいという気持ちがない混ぜになる。

「少しお時間を下さい」

「いつもの冷静で賢明な和生の判断を待っているよ」

和生と同じように、冷淡な正孝の言葉に嫌気がさす。

しかし、

「まあ、恋人に対する独占欲にまみれた和生らしくない態度も微笑ましくて好きだかな」

正孝は、病気をして以来、時々こうやって和生をからかうことがある。

初めは鬱陶しく感じていたが、愛菓と関わるようになってからは、叔父の態度の変化も理解できなくはなくなっていた。

和生は振り返らずに社長室のドアを閉めた。

「さて、愛菓さんの本音を聞きますか。いずれにしても僕からは逃れられませんがね」

悪魔の微笑みがMr coolの能面を飾った。

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