涙、夏色に染まれ
六.サマーブルーの出発
 夕方の渡海船で岡浦に戻った。小近島の船着き場で別れるとき、明日実も和弘も、かなりあっさりしていた。というのも、二人は明日の昼、大近島から本土へ渡るフェリーの出航時刻には、港まであたしと良一を見送りに来るらしい。

 サザエは、ほとんど全部、あたしたちがもらった。採った数がいちばん多いのは和弘だったのに。
 里穂さんは晩ごはんの支度をあらかた終えていたけれど、サザエを見て喜んで、刺身やつぼ焼きや炊き込みご飯を作ると言った。

「時間がかかるけど、よかかな?」
 あたしも良一も、まったくかまわないと答えた。夏井先生もまだ、岡浦小の職員室から帰ってきていないし。

 日焼けした肌がほてっている。改めてシャワーを浴びたら、ぬるま湯を弱めに当てただけで、肩や首筋の皮膚がひりひりした。ざっくり切った右の手首は少し腫れていて、ボディソープが傷口にかなりしみた。

 ひんやりする感触のボディローションを肌に塗って、髪を乾かす。あたしの次に良一がシャワーを使わせてもらうはずだったけど、良一は誰からか電話がかかってきて、ちょっとまじめな顔をして、外に出ていった。仕事の電話かな。

 里穂さんの手伝い、したほうがいいよね。そう思い付いたものの、たたんだ布団を背もたれにして体を投げ出すと、ずぅん、と重たい疲労感にのしかかられた。やっぱり、今は動けない。

 疲れている。ずっと日に当たっていたせいもある。泳いだせいもある。体が疲れているのはもちろんだけど、それ以上に、心が疲れた。鈍り切っているはずの感情が、ひどく忙しく動き回る一日だった。

 目を閉じる。闇が渦を巻いている。地面がずぶずぶと柔らかくなっていくような、沈んでいるような浮かんでいるような、おかしな感覚。まるで、広い海の中で頭を低く脚を高くして泳ぐみたいに、上と下と右と左と前と後ろが、ぐるんと混ざって。

 あ、落ちる。
 と感じて、次の瞬間、あたしの意識は消えた。あたしは眠った。ずいぶん久しぶりに。
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