私、愛しの王太子様の側室辞めたいんです!【完(シナリオ)】
第10話「そして嵐はまたやってくる」
〇王城の厨房(昼)
ローズマリー「凄いわ……。あんな卵白の液がこんなにふわふわの泡になるなんて……」
ブラッドがみるみるうちにホイップクリームを完成させると、ローズマリーは興味深げにボウルの中を覗き込む。
ちなみにローズマリーはスポンジケーキ同様、すぐにギブアップしてしまっていた。腕がプルプルと震えてしまっている。
ブラッド「ちょっと食べてみますか?」
ローズマリー「え……?!」
ブラッド「泡立て器に付いたやつですけどね。……摘み食いです。内緒ですよ」
ブラッドは泡立て器に付いたホイップクリームをスプーンで掬い、ローズマリーに手渡す。ローズマリーは目をキラキラ輝かせながら受け取った。でも、ハッと止まる。
ローズマリー「はしたないのではいのかしら……?」
ブラッド「みんな内緒にしてくれますよ」
ニカッとブラッドが歯を見せたのに背中を押されて、ローズマリーはパクッとスプーンを口に入れた。甘い味が広がる。ホイップクリーム自体はしつこくない。
ローズマリー「美味しいわ!」
ブラッド「出来たてですしね」
ローズマリー「ちょっとはしたないかと思ったけれど、摘み食いってこんなに美味しいのね……」
チラリとオーブンに入れて焼き上げたスポンジケーキも見つめる。焼き上げたスポンジケーキは型から外して現在冷ましているが、オーブンに入れていた途中から既に美味しそうな匂いがしていた。
ローズマリー(ホイップクリームも美味しいし、スポンジケーキもいい匂いがしているもの。きっとショートケーキは美味しく出来るわ)
ユリシーズに食べてもらうのが楽しみだ、とローズマリーが頬を緩ませていると、ブラッドは苦笑いして首を横に振った。
ブラッド「スポンジケーキの摘み食いはダメですよ」
ローズマリー「別に食べたくて見ていた訳じゃないわ!」
ローズマリーの否定をサラッと流して、ブラッドはスポンジケーキと刃が細長いナイフを出してくる。
ブラッド「そろそろスポンジケーキも冷めてきましたね。スライスしましょうか」
危ないという理由でブラッドがスポンジケーキを手際よくスライスする。ブラッドが斬るためにスポンジケーキに触れた時、かなりふわふわしているように見えた。ブラッドはバターナイフのような調理器具で、2つに切ったスポンジケーキの片方にホイップクリームを乗せる。
ローズマリー「その道具は何かしら?」
ブラッド「パレットナイフです。ホイップクリームを来るのに必要なんです」
ローズマリー「そうなのね……」
ブラッド「苺のケーキのホイップクリームはこれで塗っているんですよ」
ローズマリーは苺のケーキを想像する。思い出せる苺のケーキの外側は、ホイップクリームで塗られていた。
ローズマリー(これで塗っていたのね……)
ブラッド「スライスした苺を乗せてください」
スポンジケーキを焼いている間にあらかじめ切っておいた苺を並べていく。思っているよりも全然苺が乗らないことにローズマリーは目を丸くした。
ローズマリー「……ちょっと多かったかしら?」
ブラッド「大丈夫ですよ」
ローズマリーが並べた苺の上に、更にホイップクリームを乗せ、スポンジケーキを被せる。
ブラッド「さて、これからホイップクリームを周りに塗っていきますが……ローズマリー様はされますか?」
ローズマリー「するわ」
ブラッドからパレットナイフを貰い、スポンジケーキと向き合う。ホイップクリームを恐る恐るつけて、スポンジケーキに薄く塗ろうとしたが、スポンジケーキにパレットナイフが当たり、削るようにして塗り拡げてしまった。
ローズマリー「……こ、これって意外と難しいのね……?」
頭を抱えるローズマリーに、ブラッドは苦笑いをする。
ブラッド「こればかりはコツと慣れですから。形が上手くいかない事よりも、何度もホイップクリームを塗る方が味が落ちてしまいます」
ローズマリー「それは嫌だわ……!」
ローズマリーはなるべく慎重にクリームを塗りつけていく。慎重に塗っていったからか、やや不格好だが、何とか完成させる。微調整はブラッドがしてくれた。
苺を上に乗せ、ローズマリーはニンマリと得意気に微笑む。
ローズマリー「出来たわ!」
ブラッド「ええ。初めて作ったにしてはお上手です。ローズマリー様は意外と器用なのかもしれませんね」
ローズマリー「意外とって何よ……」
カリスタとブラッドに手伝ってもらいながら、ローズマリーはケーキを6等分に切り分けていく。カリスタが皿にユリシーズの分を乗せ、近くにいた騎士に持って行って貰うように頼む。
ローズマリー(次こそユリシーズ様に食べて貰えるわ……)
カリスタ「よかったですね!ローズマリー様!これでユリシーズ殿下の胃袋掴めますね!」
ローズマリー「掴まないわよ!」
ブラッド「でもニコニコと微笑んでいましたよ?」
ローズマリー「え……?!」
ローズマリーは自分の頬を両手でおさえる。カリスタとブラッドは温かい目をローズマリーに向けた。
ローズマリー「な、何よ……?」
カリスタ「いえ……、恋っていいなあと思います」
ローズマリー「カリスタ、貴女既婚者じゃない……」
それも夫は侯爵位の貴族の一族出身で、騎士団のエリートだったはずだ。思わずローズマリーはカリスタに白い目を向けてしまう。
ブラッド「ユリシーズ殿下もお喜びになると思います。自分の為に何かを作ってくれるって、嬉しいじゃないですか。……私の主観なのですけど」
ローズマリー「喜んで、くれるといいわ……」
むず痒い気持ちになりながら、ローズマリーは小さくはにかんだ。そのタイミングでカリスタは一つ提案をした。
カリスタ「皆様、プチお茶会をしませんか?スポンジケーキが焼けている間からずっとお腹が減ってしまって……、あ、お茶は私が淹れます!」
ローズマリー「そうね。私も減っていたの。お願い出来るかしら?」
そして、ローズマリーはブラッドの方にも向く。
ローズマリー「ブラッドもどうかしら?ケーキの味の感想を聞きたいわ」
ブラッドは白い歯を見せる。
ブラッド「喜んでお供します」
カリスタが厨房の近くにある休憩室内でテキパキとお茶の用意をする。ブラッドはケーキを皿に乗せていき、ローズマリーはフォークを並べた。
ケーキは腕を動かす作業が多かった。特にスポンジケーキを作る作業も、ホイップクリームを作る作業も大変だった。
ローズマリー(今まで何気なく食べていたけれど、意外と大変な思いをして作っているのね……)
出来上がったケーキをフォークで一口サイズに切り分けて口へと運ぶ。摘み食いした時同様、ホイップクリームはくどくなく、苺は甘酸っぱい。そして何より、スポンジケーキの目が細かく、甘くてふわふわしていた。
ローズマリー「美味しいわ!形はブラッド達みたいに上手くいかなかったけれど、味は最高だわ」
ブラッド「初めてですし……、いえ、初めてでここまで上手に出来るのはすごいですよ」
ローズマリー「ブラッドにだいぶ手伝って貰ったけれどね」
ローズマリーはやや気が引けたように笑う。プロに手伝って貰っていて、まだまだ1人で作る事は出来そうにない。これではお菓子職人になど、到底なれそうにもない。
ローズマリー(後宮から出られるように頑張らなきゃ……!)
ローズマリーは拳を握る。カリスタは、ケーキ美味しいですよローズマリー様!と、はしゃいでいた。
〇ユリシーズ王太子後宮・ローズマリー私室
ローズマリー(う、腕がまだまだプルプルと震えているわ)
腕を擦りながら顔を顰めるローズマリー。
ローズマリー(ブラッドみたいに体を鍛えるべきかしら?明日はかなり痛くなってしまいそう)
今のうちに揉んでおいて、少しでも翌日への影響を減らそうとした時、カリスタが息を切らせて室内に入ってきた。
カリスタ「ローズマリー様?!大変です!!」
次いでにぞろぞろと騎士達がローズマリー達を囲む。その内の一人が前に進み出た。
つい最近似たような事があったことを思い出し、ローズマリーは嫌な予感で冷や汗をかく。
女騎士3「失礼致します。ローズマリー・アスクウィス様。ユリシーズ殿下に毒を盛った容疑で拘束させていただきます」
ローズマリー「なんで?!」
ローズマリー(なんで?!また?!)
ローズマリー(今日は、カリスタとブラッドと私の三人だけだったのに……!犯人は女官長ではないの?!)
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