クローゼット番外編~愛する君への贈り物
頬を撫でる風が心地良い。
目の前に広がる光景に、俺は思わず失笑した。



思った通り、ここは時の流れを忘れている。
もう長い年月が過ぎたというのに、俺が故郷を離れたあの時と少しも変わっていない。
多分そうだろうとは思っていたが、まさかこれほどまでとは…
古い記憶とまるっきり同じ風景に、俺の心はどこか和んだ。



帰って来るつもりなんてなかった。
この町を離れる時、まだ若かった俺は誓ったんだ。
二度とここには戻らない、と。
なのに、戻って来たのは、俺も年を取って丸くなったということか…



もうここには何もないのに…
なぜ、ここへ戻って来たのか、俺にも良くわからない。



ただ、なぜだか戻りたい…いや、戻らなくてはならないような気分になったんだ。
今回の件が関係しているのは間違いないだろう。
そうでなければ、俺はファーリンドにも戻っては来なかったはずだ。



モルドでの暮らしが気に入っていたわけじゃない。
でも、その暮らしを変えようという想いもなかった。
人様に大っぴらには言えないようなことを生業とし、最期にはきっとそれに相応しいろくでもない死に方をするんだろうと思っていたし、そのことをさして嘆いてもいなかった。



どうでも良かったんだ…
なにもかもが…
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