第一章

 朝からため息が出るほどの満員電車。

 社会人になって六年目。朝のこの光景だけにはいつまで経っても慣れる気がしない。

身長が155センチで背が低めの日菜子は、やっとのことで確保したつり革に必死
に捕まって足を踏ん張る。ぎゅうぎゅうと周囲に押されながら、なんとか倒れない
ようにと頑張っているところ、ふと斜め前にいる女性の姿が気に止まる。
 
 無表情か不快な顔で立っている人がほとんどの中、彼女も眉間に皺を寄せていた。
ただ周囲と違ったのは、彼女の目に涙が浮かんでいたことだ。
 
 体調が悪いのかと思ったが、体をよじったり首を左右に振ったりと様子がおかしい。
 
 彼女が持っていたらしいバッグは床に落ちている。右手を背後に持っていき何かを
押しのけるようにしていた。

(痴漢だ……)

 背後にいる中年男性の姿を確認した。無表情を装っているが一瞬口元が緩んだのを
見て、日菜子の中に怒りが沸き起こる。

 自分の中でスイッチが入ったのがわかる。
 
 女性はなんとかして男性の腕をつかもうとしている。

「痴漢ですか?」

 日菜子が小声で尋ねると女性は、涙目で助けを求めるようにうなずいた。

 すぐに日菜子は前の人の脇に体を滑り込ませて、彼女の真横に立った。そして女性
を撫で回している卑劣な痴漢の手を掴む。

 相手の手がビクッとして逃げようとした。けれど日菜子はそれを許さない。女性も
体をひねり、男の手を掴む。

「あなたの痴漢行為を見ました。逃げられませんよ」

 周囲の目も日菜子たちに向く。