「松風さん、今度一緒にランチ行きませんか? わたし仲良かった同期が地方に転勤になってしまって、さみしいんです」

「も、もちろん。わたしでよければ」

 まさかお礼のために渡したクッキーひとつで、花とランチの約束をすることになるとは。日菜子にとっては驚きだった。

「じゃあ、お店調べておきますね。楽しみですね」

「うん。わたしあまりそういうの詳しくないから、おまかせします」

 お互い笑い合っていると、午後の始業時間になった。デスクに向かい作業を始めたけれど、なんだかそわそわして集中できない。

 今まで自分から積極的にまわりと関わるようなことはしなかった。そうすることで自分を守ってきたつもりだった。

 けれど拓海や花に対して少し自分の気持ちを伝えてみると、そこには怖いものはなにもなく、感じたのは周りの自分に対する優しさだった。

 自分が殻に閉じこもっていたせいで、逆に周りに気を使わせてしまっていたのかもしれない。
 少しの反省をしつつ、一歩ずつでも前にすすめた喜びが胸に溢れた。

「松風さん、ここなんですけどどうやって処理したらいいですか?」

「この間の資料の返却ありがとうございました。今日はわたしがやっておきます」

 ここ数週間で、日菜子のまわりの様子が随分変わった。

 これまで話をあまりしてこなかった同僚たちから、色々と声をかけられることが増えたのだ。

 もちろん日菜子はできるだけ、笑顔でそれに応えてきた。最初はぎこちなかったものの、相手が好意的だとわかると肩の力が抜けた。

 けれど、全員が全員とそううまくいくわけではない。

「松風さん。あなたが担当していたときのこの案件だけど、いったいどういう処理の仕方をしているわけ? 引き継ぐほうの身にもなってごらんなさい」

 バサッとクリアファイルに入った資料をデスクに投げられた。これは以前に西野のアシスタントをしていたときの仕事だ。通常の手順を踏んでいるはず。

「自分の仕事の後始末は、自分ですることね。そのくらいできるでしょう?」

 反論することも許されず、日菜子は急いでその資料を確認する。

たしかに途中から作業がまったく進んでいないが、これはすでに脇坂に引き継いだあとのものだ。本来日菜子がやるべき仕事ではない。