百年の先
外に出ると、日差しがあっても身が凍る程に寒い。
映画館の暖かさに慣れた体は急激に冷えていく。

ああ、懐かしいこの感じはあの別れの日に似ている。
そう思った瞬間、さっき観た悲しいラブストーリーと彼の背中がリンクして、言葉が溢れ出る。

「〈百年の恋〉って何なのかな」

その言葉に、先を歩く彼がゆっくりとこちらを振り返った。
映画について話しているだけなのに、私はなぜか彼の顔を見ることができずに落ち葉を踏み鳴らした。

「自分から相手のためにって言って別れたくせに、再会したらやっぱりこれが〈百年の恋〉だなんて都合いいよね。それで、今の彼女を勝手に恋の障害に仕立て上げるなんてひどい話だよね。彼が今の恋人と別れない時点で察すればいいのに」

「それってさ」と、やっと間を見つけた彼が口をはさむ。
私は落ち葉を鳴らすことを止めて、ゆっくりと顔を上げる。

その瞬間、私は初めて自身への感情だと自覚した。
彼はそれに続く言葉を用意してなかったのか、黙ってしまった。


数年前、あなたには叶えたい夢があってついてきてほしいと言われた。
でも、私は自分の夢のためにここを離れられなかった。
だから、私も、あなたも、それぞれ夢を叶えることができた。

少し前に思い出の公園で偶然、あなたと再会した時は死ぬほど嬉しかった。
これが<百年の恋>と疑わなかった。

あなたの左手の薬指に光る指輪を見つけても。


ううん、あなたのせいじゃない。
私は、あなたについていくことも、待つことも選べなかった。
そして、結局あなたも私を選ばなかったのだ。


悲しそうな彼の頬に触れたい気持ちを、ぐっと堪えた。

この世の終わりみたいな顔しないで。
この数年間、別々に生きてきて今更「君がいないと無理」なんてことはない。
それに、〈百年の恋〉ならとっくに全てを棄てて私を選んでくれたはず。

仕方ないと自分に言い聞かせて、私たちは何も失わずに何かを手に入れようとしていた。


「絶対に不可能な選択肢って、この世にどれくらいあるのかな」


彼が私の右手をそっと握りしめる。
昔は、その左手のぬくもりを想うだけで生きていけたのに、今はどんなに強く手を繋いでも薬指から冷たくなっていく。
もう、そのぬくもりは、私のものではない。

「ごめん……」

何に対する謝罪なのか聞こうとしたのに、嗚咽しか出てこなかった。
そんな自分が滑稽で笑いたいのに笑おうとするほど頬が濡れた。

「さよなら」

愛にはなれなかった恋だけど、
こんな安っぽい終わり方だけど、
今だけは〈百年の恋〉と呼ばせてほしい。

その手を離した瞬間から、私たちは別々の場所で百年の先を生きる。


終わり
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