幼馴染でストーカーな彼と結婚したら。
1章:結婚生活のはじまりは
「……なにがどうしてこうなった」


 季節は夏から秋に変わろうとしている。
 涼しい風が吹き始めていたものの、暑がりの私はノースリーブのままだ。

 それだけならまだしも、ショートパンツにはだしでアイスキャンディーまで食べて、一人で真夏を演出している。欲を言えば、扇風機が欲しいくらい。いや、買おう。季節はずれだからこそ安くなっているかもしれない。この家には冷房が全室ついているそうだけど、やはり暑い時は扇風機だろう。

 ふと、こんなに暑がりなのは、最近増えている体脂肪のせいかもしれない、と思ったものの、それの何が悪いと開き直っているから、今後も体重は右肩上がりの予測だ。

 もちろん引っ越しという大行事の今日も、アイスキャンディーを食べているだけで、動いてはいない。

 そんな私に比べ、目の前の男はテキパキ動いていた。

 健一郎は、大きな、そしてかなり重いであろう段ボール箱を涼しげな顔で軽々と持ち上げている。腕まくりしたシャツからは、細身のクセにやけに男らしい上腕二頭筋が見えていた。さらに大学以外の室内でみるとその身長の高さが際立つ気がする。私も身長は低くないほうだが、健一郎と並ぶと小さく見えてしまう。何を食べたらこんなに育つのだろう。

 それに、健一郎は、これだけ動いていて汗を全くかいていないのだから、不思議でしょうがない。昔からこの男は、あまり汗をかかないうえに、涼しげに何でも器用にこなす嫌な奴だった。

「三波さん。荷物、これだけですか?」

 健一郎が嬉々とした表情でそう言う。
 弾んだ声に、思わず眉を寄せてむっとした。

「……」

 不満だ。非常に不満だ。

 それを表すのに、明らかに不満という表情をしているというのに、健一郎はそういうことには鈍感で、どんな顔をしていてもかわいいとか最高だとか、喜ぶだけなのだ。私は、私といるといつでも幸せそうな男の顔を、嫌でもこれから毎日見なければならない。気持ち悪かろうが、嫌だろうが、不満だろうが、だ。相手はいつだって嬉しいだけだというのに。この違いがなんだか不公平に思える。

「三波さん?」

 健一郎が荷物を私の部屋に入れると、私のほうに近づいてくる。
 私はとっさに腕を前に出し、健一郎の歩みを止めた。

「ここからこっちに入ってこないでね! 入ってきたらこの防犯ブザー鳴らすから!」

 私がとっさに見せた超強力防犯ブザーは、黄色と赤でとげとげしい色をしている。

 これを買いに行った店で試しにならしてみたら、ほかのお客さんだけでなく店員さんまでが卒倒したほど強力な音が出るので購入した次第だ。非常に安心な防犯ブザーといえよう。私がこれを買ったのは、もちろん、この目の前の男がなにかしでかそうとした時のためである。

「夫にそれはひどくないですか」
「誰が夫よ。 私は健一郎が夫なんて認めてないんだから」
「でも、もう入籍も済ませましたよね」

 そのとおり。
 私達はこの引っ越し前に入籍をした。

 でも、それとこれとは別問題だ。

「でももへちまもない!」
「怒った三波さんもかわいいなぁ」

 にへら、と緩んだ顔で笑うのにもイラっとする。
 思わずこぶしを握った。

 いや、だめだ。それではDVだ。ヤフーニュースのトップ画面に出てしまうじゃないか。
 『T大医学部教員、新婚妻に撲殺される』…ふとそんなタイトルが浮かんだものの、頭を振ってかき消した。我慢しろ、三波。こぶしはそっとしまい、話題をそらすんだ。

 何度も深呼吸をして、私はふと、健一郎の部屋に置いてある箱を見た。


「健一郎は荷物多すぎない?」

 やけに箱数が多いし、数箱に関して言えば
 部屋から外に出てしまっている。

「まぁ、医学書とか、いろいろ」
「……なにこのマル秘って……AVとか?」

 私は思わず、一つの箱を見つめた。『マル秘』なんて普通、箱に書く?

 健一郎も、そういうの、見たりするんだ。しかも結構な大きさの段ボール箱で、これに全部そんなものが詰まっているのかと思うと、思わず引いてしまう。ドン引きだ。

「あ! それはだめです」

 慌てる健一郎を見て、いたずら心がふつふつとわいてきた。
 昔から、健一郎をいじめるのだけは好きだったのだ。

「なによ、見せなさいよ」

 私は制止しようとする健一郎を押し切り、箱を開ける。
 すると中には…。

「なにこれ……!?」

 私の高校時代から今までの写真が数千枚分。(そのうち一枚も写真に写る私はカメラのほうを向いていない。間違いなく盗撮だ)そして私の昔の制服、卒業アルバムから作文集、テストの解答用紙まで……。母親でもきっと持っていない数々の作品が出てきたのだった。

 一気に鳥肌がたつ。多少覚悟はしていたものの、彼のそれは、自分の予想の非常に上をとびぬけている。わかってはいたけど、完全にストーカーだ。私が訴えたら確実に勝訴するだろう。

 私は無言で、それらをすべてゴミ袋に押し込んだ。

「必死にためたのに! やめてください!」
「気持ち悪い!」
「気持ち悪くないです! 大事なものなんですから!」

 また鳥肌が立った。吐き気もする。

 これが気持ち悪くなかったら何が気持ち悪いというのだ。寒気もする。怪談話よりよっぽどこちらのほうが体が冷える。

 私がゴミ袋の口をしめて立ち上がると、健一郎が半泣きでそこにいた。

「ひどい……」
「泣くな!」

 前途多難だ。いや、生まれてからこれまでずっと多難だ。それはこの男に起因する。なのに、私はこの男と入籍をしたのだ。

 私は自分の人生の大きな選択を後悔していた。間違いなく、とんでもない失敗をしただろう。だが、今気づいても、時すでに遅し。ドラえもんを呼んで時を戻すくらいのことをしでかさない限りは、この男との入籍を白紙にはできない。

 怒る私を尻目に、

「まぁ、でも……これからは合法的に撮り放題ですもんね」

と健一郎がつぶやいたのは聞こえなかったことにしたい事実だ。
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