【母子恋愛】かあさんの唄
第4話
時は流れて、5月の最後の日曜日のことでありました。

場所は、サンポート高松の中にあるサンポートタワーのエントランスにて…

「ゆうと~こっちこっち。」
「ひろみ。」

ゆうとさんは、幼なじみのひろみさん(23歳)とサンポートタワーのエントランスで会った後、一緒にクレメント(全日空ホテル)へ行きました。

ひろみさんは、8月のお盆の後半の16日に東京に転勤をしました婚約者の男性(30歳)と挙式披露宴を挙げることが決まっていました。

ふたりは、東京と高松で遠距離恋愛で離ればなれになっていた上に、男性がマレーシアへ長期出張中なので会うことができませんでした。

なので、ゆうとさんはひろみさんからピンチヒッターを頼まれていました。

クレメントホテルの中にて…

この日は、ブライダルフェアーが開催されていました。

ひろみさんは、ゆうとさんにどういったウェディングドレスが似合うのかなと無邪気な表情で言いながら、いろんなウェディングドレスを試着していました。

ウェディングドレスからハネムーンのことまで、ひろみさんはゆうとさんと一緒にウェディングフェアーを楽しんでいました。

ゆうとさんとひろみさんは、ウェディングフェアに行った後JR高松駅の中にあるカフェテリアに行って、ふたりでコーヒーをのみながらお話をしていました。

「ゆうと、今日はアタシに付き合ってくれてありがとう。」
「いえ、こちらこそ。」

ゆうとさんは、コーヒーをひとくちのんでからひろみさんに言いました。

「ひろみ。」
「なあに?」
「フツーはさぁ、ブライダルフェアは婚約者の男性と一緒に来るものじゃないのかな…なんだかへんだよ…」
「カレは今、マレーシアに出張中なの。」
「出張?それはいつ頃から?」
「3ヶ月前から。」
「そう…それで、カレはいつ帰ってくるのかな?」
「んーとね…8月10日頃の予定よ。カレは、アタシと結婚をしたら会社をやめる予定なの…」
「結婚したら、会社をやめる?」
「本当にやめるのよ。」
「それじゃあ、どうやって結婚生活を送るのだよぉ…」
「八栗(やぐり)にある実家のクリーニング屋さんを手伝うことになっているの…」
「クリーニング屋さんのおかみになるのだね。」
「そうよ。」

ひろみさんは、コーヒーをひとくちのんでからゆうとさんにこう言いました。

「ゆうと。」
「何だよ?」
「ゆうとは、カノジョはいるの?いないの?」
「いないよ…と言うよりも、バイトがいそがしいから、カノジョ作る時間なんてねーのだよ。」
「そんなことばかりを言うから、ゆうとに好きカノジョができないのでしょ…」
「ほっといてくれよ…」

ひろみさんは『じゃあこうしようか…』と言うたあと、ケーソツな声でゆうとさんに言いました。

「それじゃあ、アタシがゆうとにふさわしいカノジョを紹介してあげようか?」
「いいよ…そんなことしなくても…」
「なーによぉ…アタシがゆうとにふさわしいカノジョを紹介してあげると言うているのに、素直に『うれしいな~』と言いなさいよ…あんたがネクラな顔をしているから、カノジョができないのでしょ…」

ひろみさんは、ゆうとさんにあつかましい口調で言った後、のみかけのコーヒーを一気にのみほしていました。

ゆうとさんは、こいびとがほしい気持ちはあるけど、今の状況はやっぱりカノジョなんていらないと言うので、ますます消極的になっていました。

家庭内では、シングルのお姉さんの結婚問題が今もくすぶり続けていた…

いただいた縁談を次々と断り続けていたので、ご両親はものすごく困り果てていた…

ゆうとさんは、この最近円座町の自宅にまったく帰らなくなっていました。

家に帰れば、両親とシングルのお姉さんが怒鳴り合うことが多いので、家にいたくない…

ゆうとさんは『本当のかあさんはどこにいるのだろうか…』と思うようになっていたのと同時に、アタシへの想いをさらに高めていました。

その頃でありました。

北持田(松山市)の家で暮らしているアタシは、ダンナとの結婚生活はリタイアする一歩手前の状態におちいっていました。

ゆうとさんがひろみさんとクレメントホテルで過ごしていた頃、ダンナは重いゴルフバッグをかついで家を出ようとしていた…

「あなた、たまの日曜日なのに、どうしてゴルフに行くのよぉ?」
「しょうがないだろ!!向こう(以前勤めていた職場)の社長さんからのおさそいが来たから行くのだよ…オレはイセキ(井関農機)に戻りたいからゴルフに行くのだよ…お前はオレがイセキにいてほしいと思っているのかよ!?」
「思っているわよぅ…あんなボロい会社に行くよりも、大手企業で安定した収入の方がいいわよ…」
「だったらゴルフへ行かせろよ!!社長さんのキゲンがよくなったらオレはイセキへ戻ることができる…オレがイセキへ戻れたら、お前は専業主婦で通して行くことができるのだぞ…もう一度お前を床の間にがざることができるようにしてあげるから、それでいいだろう!!」

ダンナは、ぶっきらぼうな声でアタシに言った後、重いゴルフバッグをかついで家から出てゆきました。

ダンナが外出をした後、アタシはひとりぼっちで家にいました。

アタシが右の薬指につけていた婚礼指輪を外して、小さな箱の中にしまった…

それと同時に、アタシの心がダンナから離れて行こうとしていた…

アタシは、どうしてダンナと結婚をしたのかしら…

結局は、以前勤めていた二番町のスナックのママから『知人に頼んでおくから…』と言われて、ママの言うとおりにダンナと結婚をした…

けれど、ふたりとも気持ちが完全に大人になっていない状態で結婚をしたので気持ちがなあなあになっていた…

こんなことになるのだったら、結婚なんかしない方がよかったわ…

バカバカしいわ…

アタシは、鏡に写る自分を見つめながらこうつぶやいていた…

ダンナと結婚をしたけど、理想の結婚生活ではなかった…

アタシが作った手料理を食べない…

ダブルベッドはあるのに、ダンナはアタシに背を向けていつも寝ている…

なので、アタシはひとりぼっちで居間のソファーで寝ている…

だから、夜の営みもなく、夫婦間の会話もなし…

肌の温もりだけでもいいから、アタシを抱いてほしいとダンナに言っても…

ダンナは『眠い…しんどい。』と言ってすぐに寝てしまう…

もうイヤになったわ…

このさいだから、ダンナと離婚しよう…

そのように思っていたアタシは、鏡の前で白のブラウスのボタンを外して、ブラウスを脱いだ…

ブラウスの下は、白のストラップレスのブラジャーをつけている…

アタシの左の乳房に、ゆうとさんがつけたキスマークが残っていた…

あの時、ラブホのベッドの上で、ゆうとさんが甘えていた時にアタシの乳房につけたキスマークがくっきりと残っていた…

そんな時にアタシは、16の時の記憶がよみがえってきた…

あの時、美沢町にある大きな病院でひとりぼっちで赤ちゃんを産んだ翌日のことであった。

赤ちゃんに初乳を与えた後、アタシのふくよかな乳房でスヤスヤと眠っている赤ちゃんを抱っこしていた時だった…

アタシと赤ちゃんがいる病室に、とつぜん乳児院のスタッフさんたち数人が強引に土足で入って来た…

乳児院のスタッフさんのひとりが無理やりアタシから赤ちゃんを取り上げた後、複数のスタッフさんたちの手で母子の間を無理やり引き裂いた…

16のアタシは、赤ちゃんを返してとスタッフさんにお願いをした…

けれど、スタッフさんは『あなたの今の気持ちでは育てることができない。』と言うてアタシを冷たく突き離した…

赤ちゃんを返して…

ダメです…

アタシのさけびもむなしく、赤ちゃんは乳児院のスタッフさんたちに連れて行かれた…

赤ちゃんはその後どうなっていたのかと言うと、高松で暮らしている夫婦の家に養子縁組になっていたと言うことであった…

あの時、アタシは泣きながら『ゆうと!!ゆうと!!』と何度も何度も繰り返してさけんでいた…

あの時の出来事が原因で、今もアタシの乳房(むね)には深い傷が残っていた…

白のブラジャーに赤色のスカート姿のアタシは、鏡台の近くにあるソファーであお向けになった…

あおむけになったあと、アタシはたくさん涙をこぼしていた…

「ゆうと…ゆうと…」

アタシは、別れた赤ちゃんの名前を呼んでみた…

同時に、涙がたくさんあふれていた…

「ゆうと…」

アタシは、別れた赤ちゃんのことを思って泣いていた…

そして…

「ゆうとさん…ゆうとさんに会いたい…ゆうとさんに会いたい…」

アタシは、ゆうとさんへの想いをさらに強めていた…

ゆうとさんに会いたい…

ゆうとさんに会いたい…

ゆうとさんのことが…

好きなの…
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