再びあなたを愛することが許されるのなら

第9話

土曜、日曜。そして祝日。そのほとんどの日はバイトのシフトが入っている。
もちろん平日も遅番としてシフトは入れている。そうでもしなければとてもじゃないがどんなに切り詰めても生活なんて出来たもんじゃない。
確かに実家からの仕送りもあるが、僕が親の反対を押し切ってまで進んだ道だ。本来なら、親からの仕送りなんて無くて当たり前の状態だったことくらいはこの身がよく理解している。
それでも仕送りを送ってくれる親には感謝の言葉しかない。面とむかって「ありがとう」なんて言う言葉を吐けるほど、素直な性格でもなく。これを素直というべきなのかはわからないが、感謝は心からしている。でもそれを口にしたことは今まで一度もないのが現実。

だが正直なところ、送られてくる金額では到底まに合うわけがない。バイトは必然的に僕の生活の一部としてこなしていかないといけない。
大学の合格が決まり、住まいを探すのにもかなりの制限があったのは事実だ。大学から近場の物件はどれも高くて僕の限られた生活水準では住めるどころの話ではなかった。おのずと大学からはどんどん遠くなる。まぁ、ある程度は覚悟はしていたが、まさか大学から7駅も遠ざかると思いもしなかった。

まともに乗れば、7駅だ。しかし、そこはたとえ二駅でも交通費は節約したい。そこで考えついたのが自転車だった。だから自転車はママチャリではなくそれなりのロードタイプの自転車を購入した。確かに気軽に買える価格ではなかったが、大学4年間の間使うとすれば、まだ電車賃よりははるかに利益は出る。しかもちょっとした用事にも自転車があると物凄く便宜性はいいのは確かだ。

見た目はおしゃれな感じがするロフト付きのアパートだ。だが実際は築25年を超えている、目には目立たないところどことに味のある感! が否めないアパートだ。
それでもバストイレ付、ロフトらしき屋根裏部屋まである。
これで月共益費込みで4万5千は超格安物件だ。ただ最寄りの駅までは徒歩20分程度かかる。しかも僕は2駅を飛ばして大学に通うと思っていた。

現実はそんなにも甘くはないことを、実際に生活が始まってから思い知ったのはここでいうまでもないだろう。
もうすでにアパートは決めて契約も済ましている。今更変えるわけにはいかない。
それにこのアパートを決めたのにはもう一つの理由があった。
アパートのすぐ近くにそれほど大きくはないが公園が、大きな木がある公園があることだった。
あの日以来なぜか僕は公園、しかも木があり芝がある公園に行くと心が落ち着くようになった。それは美野里と最後に別れたあのいつもの公園のイメージが、いまだに僕の心に沁みついているかだろう。
2駅を飛ばす計画はその距離と時間、朝から自転車で30分もこぎ続けそのあと電車に乗るという労力に負けた。だが、かろうじて自転車で一駅だけは飛ばすことが出来た。というのも、その駅には急行が止まる。しかも一駅目から二駅目までの間が物凄くあることに実際に走ってみてわかった。

地方出身の僕にとって電車路線というのはほとんど真っすぐな、駅と駅との距離が離れているからこそ意味があるもだと思っていたが、この都会の仕組みは少々違うようだ。それに都会の道は物凄く入り組んでいるし、どういう基準で線路の軌道が描かれているのかは分からないが、アパートから一番近い駅から急行が止まる駅まで同じ時間で行ける抜け道を見つけた。そうなれば、一番便宜性がいいのは大学病院のあるあの駅を利用するのが一番だったからだ。

あの街は某大学系列の大きな病院がある。街としてはそれなりに栄えているところだ。人通りも多い。大通りに面しているビルには多くのテナントやオフィスが立ち並んでいる。それでも、ここは木が多く生息している。
緑が多い。都内のごみごみした窮屈さを感じさせないそれなりの街。それもあの大学病院という拠点があるからだろう。

その中にある一見こじんまりとした(おもむき)のカフェがある。

派手さはないがそれがかえって高級感を(かも)し出しているようなそんな雰囲気のあるカフェ。そこで今、僕はバイトをしている。
大学の入学と同時に手っ取り早くコンビニでバイトを始めたが、ものの1か月で辞めてしまった。どうもコンビニというものは、やる側よりも使う側の方が非常に便宜を追求している感が抜けきれなかった。しかも、急なシフトの変更。これにはついていくことはできなかった。

辞めたその日、ふと立ち寄ったこのカフェで僕はある人……女性と出会った。
その人の立ち振る舞いは素晴らしかった。それより、彼女のふと見せる笑顔が物凄く好感的だったのを今でも記憶している。
そのまま僕は彼女に()かれるように、このカフェでバイトをすることになった。

料味(りょうみ)(料理をして味を楽しむこと)をすることは、中学時代から興味があったんだろう。母さんが仕事で遅くなる時は僕が夕食を作っていたから、料理をすることは好きな方だったと思う。だから始め厨房作業を希望した。でも配属されたのは、お客様と直接接するフロアだった。
なぜ、フロアに配属されたか? チーフの彼女は理由は言わなかったが、それに異論は特になかった。フロアでも(まかな)いは出た。それならばと思い、フロアでもいいか。贅沢は言ってられないのが、正直なところだったと言うのがあの時の状態だった。

この後バイト先のこのカフェで起きたトラブルが彼女、チーフパーサーでもある社員の鳥宮恵梨佳(とりみやえりか)との関係が深まるきっかけとなった。その彼女から告げられた言葉に、僕は自分で気が付いていなかった己の側面を知ることになる。
それは僕が自分では知りうることのない、いわば自覚すらしていないことだった。
知らないもう一人の自分。

あえて言うならば、このもう一人の自分が今村沙織(いまむらさおり)という女性に出会い、「恋」という火を点けたのかもしれない。
やがてその恋の炎は燃え上がり僕らは。

フランスの作家、サン=テグジュペリが言ったあの言葉の様に

「愛するという事は。お互いに相手を見つめ合う事ではなく、双方共に同じ方向を見つめることである」

この想いを僕ら二人は限られた時の流れの中で、二人の心に刻み込むことになる。
ただその想いは、この僕一人だけに残されてしまうとは……。思いもしなかった。


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