アラカン冬恋物語
57歳のメリークリスマス
シーンは、松山市北持田町にある分譲マンションの一室にて…
アタシ・匠子(しょうこ)はこの部屋で息子・庄次(しょうじ)夫婦の家族と同居をしている57歳の未亡人…職業は松山市道後湯の町にあるアーケード街にあるエステサロンでエステシャンのお仕事をしています。
「行ってきまーす。」
「車に気をつけて行くのよ。」
「はーい。」
ふたりの孫(男の子で、小学四年生と二年生)は、元気よく学校へ行った…
食卓にはアタシと息子夫婦がいた。
居間のテレビの画面は、朝の情報番組『めざましテレビ』が映っていて、この10月から放映開始の新ドラマのみどころが紹介されていた。
この時、クリスマスの恋を題材にした恋愛ドラマが紹介されていた。
いいわね…
アタシも…
もう一度、素敵な恋をしてみたいわ…
アタシがそう思っていた時であった。
背広姿の庄次が読みかけの愛媛新聞をひざの上に置いたあと、アタシにこう言うた。
「かあさん。」
「なあに？」
「話があるのだけど…」
庄次がこう言うときは、決まって『新しい恋を始めなよ。』と言うことであった。
「かあさん。」
「また新しい恋を始めたらでしょ…かあさんはいいわよぉ。」
「どうしてなんだよ？」
「だって、恥ずかしいもん。」
「そうは言うけど…」
庄次は、アタシにこう言いながらテレビの電源を切った。
「どうして恥ずかしいのだよ…かあさん、とうさんが亡くなってもう23年になるのだよ…ぼくたちも大きくなって、自分たちのことは自分たちでやっているのだよ…気持ちも落ち着いてきたから、新しい恋を始めてもいいと思うんだけどぉ。」
嫁・ゆかりは、入れたてのカフェオレをテーブルの上に置きながらアタシに言うた。
「義母(おかあ)さま、いくつになっても新しい恋を始めることはできるわよ…恥ずかしがることはないわよ…」
「それは分かるけど、やっぱり、恥ずかしいわ…アタシ、出かけるわ…」
アタシはこう言った後、勤め先であるエステサロンへ向かった。
アタシが出発したあと、息子夫婦はこんな会話をしていた。
「ねえあなた。」
「んっ？」
「義母(おかあ)さまのことだけど…近くにいいひといないかなぁ。」
「そうだな。おふくろも、オヤジが亡くなってからずっとぼくたちきょうだい８人を女手ひとつで育てあげて来たから…そろそろ、新しい恋を始めてもいいと思う…けれど近くには、おふくろにお似合いの人がひとりもいないのだよぉ…」
「そうね…そうだ、あなた、アタシの近くに知っている人がぜひ義母(おかあ)さまとお見合いをしたいと言うひとがいるのよ…そのひとを義母(おかあ)さまに紹介したいと思うけど、どうかな？」
「そうだな…でもおふくろは恥ずかしい恥ずかしいと言いはってるし…困ったなぁ…」
さて、その頃であった。
アタシは、道後湯の町にあるエステサロンにいて開店準備をしていました。
ひと仕事を終えて一段落ついた時であった。
アタシは、従業員さんの女性とこんな会話をしていた。
「えーっ、匠子さん、新しい恋を始めるのですか!?」
「ちょっとぉ、そんなに大きな声を出さないでよぉ…恥ずかしいわよ…この歳で。」
「まーたそんなことを気にしてぇ…匠子さん、８人のお子さまは立派な大人に育ったのだから、新しい男の人と出会って、いっぱい甘えまくってもいいのじゃないかな？と思うのだけど…恥ずかしがっていたら、チャンスが逃げちゃうわよ。」
「そりゃそうだけど…それよりもあんた、お開店前にもう一度、できあがっているかどうかを確認しなさい!!早く動きなさい!!」
このあと、アタシたちはエステサロンの営業を始めました。
ご来店のお客様は、大半が30代以上の育児ママや夜のお勤めのホステスさんたちであった。
『これからカレとおデートで一緒にくるりん(いよてつタカシマヤにある観覧車)に乗るのよ。』とか『女子会に行く前にちょいとオシャレを…』など…店内では、いろんな会話が行き交いしていた…
アタシも…
30年若かったら、あのコたちのようにキラキラと輝いていたのに…
アタシは、そう思って少し落ち込んでいた…
そして、その日の夜のことであった。
北持田町にある分譲マンションの一室にて…
息子夫婦は、アタシにお見合いを勧めたので、アタシはおどろいた。
「えーっ!!お見合いを入れたって!?ちょっとぉ、かあさん、そんな話聞いていないわよ!!」
「かあさん、そんなに言わなくてもいいじゃねえかよぉ…」
「義母さま、お茶のみ友達のひとりもいないのはさみしいと思うわよ。それに、お見合いの日取りも取れたので、先方さんも義母さまにお目にかかりたいというているのよ。」
「だけどぉ…この歳では…困るわよ、何のフリもなく強引にお見合いの日取りを決めるのは…」
アタシは、息子夫婦が何の相談もなくお見合いの話を入れてしまったので、すごく困っていた。
けれど、息子夫婦の熱意に負けてお見合いを引き受けるはめになってしまった。
アタシのお見合い相手の名前はやすのりさん…61歳の男やもめで職業は美沢町にあるダイキ(ホームセンター)に勤務…
やすのりさんは、妻を亡くされてから３人の男のお子さんを男手ひとつで育てていた…
３人の息子さんたちも、自分たちでお給料を稼ぐことができるようになったので、そろそろ新しい恋を始めてみようかなと思っていたので、アタシとのお見合いを申し込んだ。
時は流れて…
10月27日のことであった。
場所は、道後温泉街にあるふなや(旅館)にて…
この日は、息子が勤務している会社の職場恋愛で知り合ったカップルさんのユイノウがあった…
息子夫婦は、カップルさんのバイシャク人になっているので、ユイノウ式に出席をしていた。
ユイノウ式が終わったあと、息子夫婦は別室で待っていたアタシを別の居間に案内した。
アタシのお見合いが行われる居間には、5900円のお弁当重がテーブルに置かれていた…
アタシは、黒の寿の振りそで姿で今か今かと待ちわびていたので、気持ちがひどくそわそわしていた。
「かあさん。」
「だって…」
「義母(おかあ)さま、義母(おかあ)さま…」
息子夫婦も、ひどくそわそわしていた。
そんなときに、やすのりさんがお越しになりました。
「紹介するよ…やすのりさん…ホームセンター勤務の61歳…」
息子夫婦からの紹介の後、お見合いが始まった。
やすのりさんは、知人の家の挙式披露宴に出席していたので、婚礼用の背広姿でお越しになられた。
あとはふたりで…と言うことで息子夫婦は席を外した。
しかし…
ふたりきりになったとたん、アタシとやすのりさんはコチコチになっていた…
あ～あ…
このお見合いは…
ダメかもしれないわ…
アタシは、やすのりさんに『数日の間、時間をいただけますか？』とお願いをした。
やすのりさんはアタシに『返事はいつでもかまいません。ぼくは、何日でも待つのでゼンゼン平気です。』と言って下さった。
どうしようかな…
やすのりさんとお付き合いをしようかどうしようか…
アタシは、その事ばかりが頭の中をかけめぐっていたので、なかなか仕事に手がつかなかった。
お見合いから３日後のことであった。
やすのりさんは、息子夫婦にアタシと再婚を前提としたお付き合いをしたいとお願いをしにうちに来ていた。
アタシはこの時、やすのりさんにお見合いの返事をしようと思っていた時であった。
アタシが家に帰ってきた時であった。
息子夫婦がデートのセッティングをしていたことを聞いたので、アタシはビックリしてしまった。
「えーっ!!もうデートのセッティングをしたってぇ～…ちょっとぉ、かあさんはまだやすのりさんに返事をしていないのよ…」
「かあさん、ごめんよ…やすのりさんは早く会いたいと言うていたので…デートのセッティングしちゃった…」
「気持ちは分かるけど、強引すぎるわよぉ…」
「義母(おかあ)さま、一度だけでもデートをなさってからお決めになられてはどうでしょうか？」
息子夫婦の言葉に対して、アタシはしょうがないわね…と言う表情になっていた。
やすのりさんは、一刻でも早くアタシに会いたいと言うていたので、アタシはやすのりさんとお付き合いを始めることにした。
11月の第２水曜日にアタシとやすのりさんはデートをすることになった。
ふたりの初デートは、松前にあるエミフル(フジグラン)でデートであった。
アタシは、いよてつ郡中線の古泉駅でやすのりさんと待ち合わせになっていたので、予定よりも少し早めの時間に来てやすのりさんを待っていた。
松山市駅方面からやって来た電車が駅のプラットホームに到着した。
電車の中から、エミフルに遊びに行く若者たちや家族連れのお客様たちがたくさん降りてきた。
アタシは、クリーム色のコートにギンギツネ(えりまき)をはおっていた。
デート着は、嫁が選んだ服でコーディネートしていた。
デート着を着たのは、19の時以来38年ぶりだから、アタシはドキドキしていた。
しばらくして、やすのりさんがダンディーなデート着でアタシのもとにやって来た。
「匠子さん。」
「あら、やすのりさん。」
「すみません、１便乗り過ごしてしまって。」
「いえ、アタシも今来たところですわ。」
「そうですか…それでは、行きましょうか。」
やすのりさんは、アタシの手をギュッとにぎりしめたので、アタシの乳房（むね）の奥でドキドキとした気持ちが起こっていた。
（ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…）
ああ…
やすのりさんが力強く手を握りしめているので…
ドキドキとした気持ちが、高鳴っているわ…
アタシは、ドキドキとした気持ちを抱えている中でやすのりさんと一緒に手をつないでエミフルのメインゲートまで歩いて行った。
ふたりは、ショッピングモールを歩いて、オシャレな店にちょっと立ち寄って、冬もののオシャレ着を試着したり、フードコートでマクドで買ったハンバーガーセットをふたりで食べながら楽しくおしゃべりをしたりなど…楽しいひとときを過ごしていた。
ふたりは、午後３時前までエミフルの敷地内でデートを楽しんだ。
その後、ふたりはいよてつ郡中線の電車に乗って、さらに遠出をした。
ふたりで海をながめながらお話がしたいと言うので、五色姫海浜公園の海水浴場まで行った。
海から吹いてくる風が少し強かったので、波は少し荒れていた。
ふたりは、海水浴場の桟敷席に座って海をながめながらお話しをしていた。
「匠子さん。」
「はい。」
「今度は…いつ会えますか？」
やすのりさんは、少しコチコチになった声でアタシに言うた。
「ぼくは…匠子さんのことが…好きになりました…本当です…匠子さん…ぼ…ぼくの妻になってください…」
やすのりさんは、どもり気味の声でアタシにプロポーズをした。
「やすのりさん…」
「匠子さん…匠子さんは…ぼくのこと…好きですか…ぼくには…匠子さんしか…いないのです…」
ちょっとぉ…
初デートでいきなりプロポーズだなんて…
早すぎるわよぉ…
アタシは、困った表情になっていた。
「やすのりさん。」
「はい。」
「ごめんなさい…」
「どうしたのですか？」
「アタシ…気持ちが…まだ…ごめんなさい…」
どうしよう…
アタシの心が…
ひどくドキドキしているみたい…
でも…
ダメ…
ダメだわ…
うまく言えない…
ごめんなさい…
すぐには…
返事ができないの…
アタシの心は、さらに動揺が高まっていた。
夜８時頃、アタシとやすのりさんは北持田町の分譲マンションの玄関の前にいた。
「送ってくださって、ありがとうございました。今日は楽しかったわ。」
「よかった…また、お電話いたします。」
その後、アタシは分譲マンションの玄関に行こうといた…
この時、やすのりさんは強引にアタシの身体を抱きしめていた。
「やっ、やすのりさん。」
「匠子…匠子…」
「ちょっとぉ、やすのりさん…ダメよ…人が見てるわよ…ん…んぐっ…」
やすのりさんは、アタシのくちびるに押さえつけるキスをした…
くっ…
苦しい…
苦しい…
（ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…）
この時、乳房（むね）の奥でより激しいドキドキが起こっていた…
激しいキスのあと、やすのりさんがデート着のスカートをまくり上げていたので、アタシは声をあげてしまった…
ビックリしてその場から離れたアタシは、やすのりさんにこう言うた。
「やすのりさん…やすのりさんのお気持ちはよくわかるけど…ごめんなさい…ごめんなさい…」
アタシは、やすのりさんにこう言った後、分譲マンションの玄関に向かって走って行った…
そしてアタシは、息子夫婦が暮らしている部屋に帰ってきた。
この時、息子夫婦の一家はまだ帰宅をしていなかった。
アタシはこの時、19の時に亡くなったダンナとの初デートで、梅津寺(ばいしんじ)の海岸で夕ぐれの海をながめながらふたりでお話をしていた時のことを思い出していた。
あの時、亡くなったダンナは何のフリもなくアタシを強引に抱きしめた後、キスをした。
アタシは、亡くなったダンナの強引さに負けて結婚を承諾した。
その時と重なっていたので、アタシはひどく動揺していた。
ごめんなさい…
やすのりさんの気持ちは分かるけれども…
何のフリもなく、キスをされたら…
アタシ…
ダメになってしまう…
それからまた３日後のことであった。
やすのりさんが、アタシにデートのお誘いの電話をかけてきた。
「もしもし…やすのりさんですか？」
「ああ、匠子さん…夜分遅くにすみません…今度のデートのことでお電話をしました…南町の方にオシャレなヨーロピアン調のレストランを見つけました…」
やすのりさんはこう言った後に、日時を指定してからアタシにこう言うた。
「匠子さんとふたりで晩ごはんを食べながら、いろんなお話がしたいのです…再婚後の生活のことや新居のことやハネムーンから…いろいろとお話がしたいのです…どうですか？」
アタシはこの時、上の空になっていてボンヤリとした表情になっていた。
「もしもし…匠子さん？匠子さん？」
アタシはこの時、はっとわれに帰った。
「もしもし…」
「ごめんなさい…アタシ…」
アタシはひどく動揺をしていたので、やすのりさんからのお誘いの電話の返事もしないまま受話器を置いてしまった。
アタシは、リビングにある冷蔵庫の中から紙パックのらくれん牛乳を取り出して、コップに注いでごくごくとのんでいた。
あ～あ…
アタシ…
せっかくのお誘いの電話を…
返事もしないまま…
断ってしまったわ…
この時アタシは、19の時に梅津寺の海岸で亡くなったダンナとのデートの時のことを思い出していた。
アタシと亡くなったダンナとの初デートで梅津寺パーク(遊園地・今は閉園して跡地公園になっている)に遊びに行った時のことであった。
帰り道に、近くの海岸で夕日をながめながらいろんなお話をしていた。
アタシは、亡くなったダンナに今度いつデートしようかなと話を持ちかけた。
亡くなったダンナは、何も言わなかった…
けれど、アタシに『帰したくない…』と言うて、アタシを力強く抱きしめて、キスをした。
同時に、アタシのヴァージンを奪った…
亡くなったダンナは、アタシのヴァージンを奪い取ったあと、アタシにプロポーズをした。
「オレは…女のコは…匠子しか知らないのだよ…オレの妻になってくれ…オレ…匠子のことが、死ぬほど好きなのだよ…」
アタシは、亡くなったダンナの強引さに負けて、結婚を承諾した。
アタシは、高校の時に付き合っていたカレシのことをまだ愛していたので、亡くなったダンナにそのことが言えなかった。
アタシは…
あの時どうして、亡くなったダンナに負けてしまったのかな…
その時であった。
息子夫婦と子供たちが外出先から帰宅をした。
リビングに嫁がやって来て、アタシに声をかけた。
「義母(おかあ)さま。」
「ゆかりさん。」
「どうかなされたのですか？」
「何でもないわよ。」
「さっき、やすのりさんとお会いしまして…」
「やめて!!」
アタシはこの時、思わず声をあげてしまった。
「どうかなされたのですか？」
「なっ、何でもないわよ!!」
「義母(おかあ)さま、この２～３日様子がおかしいみたいよ…」
「だから!!何でもないわよ!!アタシは疲れているのよ!!ひとりにさせて!!」
アタシはこう言うたあと、ダイニングから立ち去った。
アタシはその後、ひとりでお風呂に入った。
アタシは、ぬるま湯につかってぼんやりと考えごとをしていた。
アタシは、やすのりさんと出会った直後から胸の鼓動がひどく高鳴っていたのと同時に、亡くなったダンナのことを思い出していた。
アタシが亡くなったダンナと出会ったきっかけは、ダンナの知人からの紹介であった。
アタシは、高校の時に付き合っていたカレシが卒業後に東京にある大学に進学するために離ればなれになったので、気持ちがしくしくと泣いていた…
ダンナを紹介された時、ダンナの魅力に引き込まれて行った…
そして、亡くなったダンナの力に負けて結婚を承諾した。
そのあと、アタシの胎内には長男庄次を宿していた…
それから38年の時を経て、今度はやすのりさんとお見合いをして、お付き合いを始めた…
どうしようかな…
再婚しようかな…
いや、やめた方がいいかな…
アタシは、ひどく戸惑っていた。
それからアタシは、仕事に手がつかなくなるほど、気持ちがひどく揺れ動いていた。
アタシ…
やっぱりやめようかな…
やすのりさんと再婚するのを…
やめようかな…
ダメ!!
ダメよダメよ!!
アタシは…
ダンナが亡くなってから、８人の子供たちを立派な大人に育てることだけに集中してきたのよ!!
それなのに…
アタシは…
やすのりさんに恋をしてしまうなんて…
ああ!!
ダメよダメよ!!
アタシは８人の子供たちの母親なのよ!!
だから…
女には…
なれないのよ…
アタシは、何度も何度も繰り返して言い聞かせていた。
けれど、気持ちが恋に走り出していたので、どうすることもできなかった。
それからまた時は流れて…
クリスマスイブの３日前のことであった。
息子夫婦たちは、クリスマスは衣山にあるパルティの中にあるシネコンで映画鑑賞をする予定となっている。
この時、アタシは息子夫婦から松山全日空ホテルのディナーつきのペア宿泊券をプレゼントされたのと同時に、やすのりさんとのデートの約束が入った。
そして、クリスマスイブの夜がやって来た。
アタシとやすのりさんは、松山全日空ホテルのレストランで、クリスマスディナーを楽しんでいた。
ワインで乾杯をしたのち、やすのりさんはアタシにこう言うた。
「匠子さん、今日はまず大切なお話からさせていただきます…実は…私の三男が…やっと嫁さんをもらうことができたので、今日、入籍をしました。」
「おめでとうございます…これでやすのりさんも、ひと安心ね。」
「はい…これをきっかけに…ぼくたちも…再婚したいと思います…匠子さん…匠子さん…ぼくの妻になって下さい…ぼくは、匠子さんのことを思うと…」
この時、アタシはワイングラスをもつ手がブルブルと震えていて、ボルテージが高ぶっていた。
「匠子さん。」
「はい。」
このあと、やすのりさんはアタシに好きだと言うことを伝えたあと、アタシにこう言うた。
「匠子さん…匠子さんの気持ちを聞かせてください。」
言えないよ…
こんなときに限って…
やすのりさんのことが好きなことが…
アタシはこの時、やすのりさんのことが好きだと言うことが言えなかった。
それから一時間半後のことであった。
アタシとやすのりさんは、スイートルームにいた。
アタシはこの時、はおっていたギンギツネとコートを脱いで、白のブラウスとチェックのスカート姿になっていた。
やすのりさんは、改めてアタシに声をかけた。
「匠子さん、匠子さんの気持ちを聞かせてください…」
アタシはこの時、顔を真っ赤にしてこう言うた。
「ごめんなさい!!アタシは８人の子供たちを大人に育てることだけしか知らないので…女になることができません…ごめんなさい!!」
アタシはこのあと、部屋を飛び出した。
そして、クリスマス色にそまっている夜の街をトボトボと歩いていた…
アタシは、クリスマス色にそまっている夜の街を歩き回っていた…
気がついたら、堀ノ内公園の広場にある大きなクリスマスツリーのところまで来ていた。
アタシは…
どうしてやすのりさんにあんなことを言ったのかなぁ…
女にはなれません…
アタシって…
アホな女よね…
やすのりさんのことが好きなら好きだと言えばいいだけのことを…
アタシ…
クリスマスイブの夜に…
初めて気がついた…
恋の苦しさ…
恋のよろこびを…
始めて知ったことを…
やだやだ…
どうしてまた…
その時であった。
「匠子さん!!」
やすのりさんが全日空ホテルからアタシのことを探しにやって来た。
「匠子さん!!」
「やすのりさん!!」
「どうしたのですか？急に飛び出してしまったから…」
「アタシ…８人の子供たちを大人に育てることだけに生きてきたから、本当の恋なんか知らないのよ!!アタシは８人の子供たちの母親だから…女になれないの!!」
やすのりさんはこの時、今の気持ちをアタシにすべて伝えていた。
ひととおりやすのりさんの話を聞いたアタシは、やすのりさんの元へ行って、今の気持ちをすべて伝えた。
「やすのりさん。」
「匠子…」
やすのりさんは、アタシをさんづけから呼び捨てで呼んでいた。
この時、アタシの心の奥底に眠っていた女の願望が目ざめていた。
そして…
「好きなの!!…アタシ…やすのりのことが…好きなの!!」
アタシは、やすのりさん…ううん、やすのりに好きだと言う気持ちを打ち明けた。
「アタシ…今まで言えなかったの…どうして意地っ張りになっていたのか…自分でも分からなかったの…アタシ…知らないうちに…やすのりに恋をしていたの…最初のデートの時、アタシを強引に抱きしめたでしょ…その時から好きになっていたのよ…アタシ…男の人は…やすのりしかいないの…やすのり…愛してる…好き…だーいすき…やすのり…やすのり…ねえやすのり!!」
アタシは、力のかぎりやすのりに告白をした。
やすのりは、アタシを力強く抱きしめて押さえつけていた。
「匠子…匠子…ぼくの匠子…ぼくだけの匠子…」
「やすのり…押さえつけて…力強くもっと押さえつけて…」
「匠子…好きだよ…大好きだよ…ぼくのそばにいてほしい…匠子…匠子…」
やすのりさんは、力の限りアタシを押さえつけていた。
しばらく時間を置いて、少しずつ力をゆるめたあと、アタシにプロポーズをした。
「再婚しようか？」
「うれしい…うれしいわ…」
アタシはうれしくなったので、涙がポロポロとあふれていた。
そして…
「やすのり…キスして…」
やすのりはアタシを抱きしめた後、フレンチキスをかわしていた。
その瞬間、アタシとやすのりは再婚することを決めた。
アタシは、19の時から38年ぶりに好きな人とキスをした。
２度目のファーストキスは、アタシの人生の中でもっとも最高な記念日でした。
アタシ・匠子(しょうこ)はこの部屋で息子・庄次(しょうじ)夫婦の家族と同居をしている57歳の未亡人…職業は松山市道後湯の町にあるアーケード街にあるエステサロンでエステシャンのお仕事をしています。
「行ってきまーす。」
「車に気をつけて行くのよ。」
「はーい。」
ふたりの孫(男の子で、小学四年生と二年生)は、元気よく学校へ行った…
食卓にはアタシと息子夫婦がいた。
居間のテレビの画面は、朝の情報番組『めざましテレビ』が映っていて、この10月から放映開始の新ドラマのみどころが紹介されていた。
この時、クリスマスの恋を題材にした恋愛ドラマが紹介されていた。
いいわね…
アタシも…
もう一度、素敵な恋をしてみたいわ…
アタシがそう思っていた時であった。
背広姿の庄次が読みかけの愛媛新聞をひざの上に置いたあと、アタシにこう言うた。
「かあさん。」
「なあに？」
「話があるのだけど…」
庄次がこう言うときは、決まって『新しい恋を始めなよ。』と言うことであった。
「かあさん。」
「また新しい恋を始めたらでしょ…かあさんはいいわよぉ。」
「どうしてなんだよ？」
「だって、恥ずかしいもん。」
「そうは言うけど…」
庄次は、アタシにこう言いながらテレビの電源を切った。
「どうして恥ずかしいのだよ…かあさん、とうさんが亡くなってもう23年になるのだよ…ぼくたちも大きくなって、自分たちのことは自分たちでやっているのだよ…気持ちも落ち着いてきたから、新しい恋を始めてもいいと思うんだけどぉ。」
嫁・ゆかりは、入れたてのカフェオレをテーブルの上に置きながらアタシに言うた。
「義母(おかあ)さま、いくつになっても新しい恋を始めることはできるわよ…恥ずかしがることはないわよ…」
「それは分かるけど、やっぱり、恥ずかしいわ…アタシ、出かけるわ…」
アタシはこう言った後、勤め先であるエステサロンへ向かった。
アタシが出発したあと、息子夫婦はこんな会話をしていた。
「ねえあなた。」
「んっ？」
「義母(おかあ)さまのことだけど…近くにいいひといないかなぁ。」
「そうだな。おふくろも、オヤジが亡くなってからずっとぼくたちきょうだい８人を女手ひとつで育てあげて来たから…そろそろ、新しい恋を始めてもいいと思う…けれど近くには、おふくろにお似合いの人がひとりもいないのだよぉ…」
「そうね…そうだ、あなた、アタシの近くに知っている人がぜひ義母(おかあ)さまとお見合いをしたいと言うひとがいるのよ…そのひとを義母(おかあ)さまに紹介したいと思うけど、どうかな？」
「そうだな…でもおふくろは恥ずかしい恥ずかしいと言いはってるし…困ったなぁ…」
さて、その頃であった。
アタシは、道後湯の町にあるエステサロンにいて開店準備をしていました。
ひと仕事を終えて一段落ついた時であった。
アタシは、従業員さんの女性とこんな会話をしていた。
「えーっ、匠子さん、新しい恋を始めるのですか!?」
「ちょっとぉ、そんなに大きな声を出さないでよぉ…恥ずかしいわよ…この歳で。」
「まーたそんなことを気にしてぇ…匠子さん、８人のお子さまは立派な大人に育ったのだから、新しい男の人と出会って、いっぱい甘えまくってもいいのじゃないかな？と思うのだけど…恥ずかしがっていたら、チャンスが逃げちゃうわよ。」
「そりゃそうだけど…それよりもあんた、お開店前にもう一度、できあがっているかどうかを確認しなさい!!早く動きなさい!!」
このあと、アタシたちはエステサロンの営業を始めました。
ご来店のお客様は、大半が30代以上の育児ママや夜のお勤めのホステスさんたちであった。
『これからカレとおデートで一緒にくるりん(いよてつタカシマヤにある観覧車)に乗るのよ。』とか『女子会に行く前にちょいとオシャレを…』など…店内では、いろんな会話が行き交いしていた…
アタシも…
30年若かったら、あのコたちのようにキラキラと輝いていたのに…
アタシは、そう思って少し落ち込んでいた…
そして、その日の夜のことであった。
北持田町にある分譲マンションの一室にて…
息子夫婦は、アタシにお見合いを勧めたので、アタシはおどろいた。
「えーっ!!お見合いを入れたって!?ちょっとぉ、かあさん、そんな話聞いていないわよ!!」
「かあさん、そんなに言わなくてもいいじゃねえかよぉ…」
「義母さま、お茶のみ友達のひとりもいないのはさみしいと思うわよ。それに、お見合いの日取りも取れたので、先方さんも義母さまにお目にかかりたいというているのよ。」
「だけどぉ…この歳では…困るわよ、何のフリもなく強引にお見合いの日取りを決めるのは…」
アタシは、息子夫婦が何の相談もなくお見合いの話を入れてしまったので、すごく困っていた。
けれど、息子夫婦の熱意に負けてお見合いを引き受けるはめになってしまった。
アタシのお見合い相手の名前はやすのりさん…61歳の男やもめで職業は美沢町にあるダイキ(ホームセンター)に勤務…
やすのりさんは、妻を亡くされてから３人の男のお子さんを男手ひとつで育てていた…
３人の息子さんたちも、自分たちでお給料を稼ぐことができるようになったので、そろそろ新しい恋を始めてみようかなと思っていたので、アタシとのお見合いを申し込んだ。
時は流れて…
10月27日のことであった。
場所は、道後温泉街にあるふなや(旅館)にて…
この日は、息子が勤務している会社の職場恋愛で知り合ったカップルさんのユイノウがあった…
息子夫婦は、カップルさんのバイシャク人になっているので、ユイノウ式に出席をしていた。
ユイノウ式が終わったあと、息子夫婦は別室で待っていたアタシを別の居間に案内した。
アタシのお見合いが行われる居間には、5900円のお弁当重がテーブルに置かれていた…
アタシは、黒の寿の振りそで姿で今か今かと待ちわびていたので、気持ちがひどくそわそわしていた。
「かあさん。」
「だって…」
「義母(おかあ)さま、義母(おかあ)さま…」
息子夫婦も、ひどくそわそわしていた。
そんなときに、やすのりさんがお越しになりました。
「紹介するよ…やすのりさん…ホームセンター勤務の61歳…」
息子夫婦からの紹介の後、お見合いが始まった。
やすのりさんは、知人の家の挙式披露宴に出席していたので、婚礼用の背広姿でお越しになられた。
あとはふたりで…と言うことで息子夫婦は席を外した。
しかし…
ふたりきりになったとたん、アタシとやすのりさんはコチコチになっていた…
あ～あ…
このお見合いは…
ダメかもしれないわ…
アタシは、やすのりさんに『数日の間、時間をいただけますか？』とお願いをした。
やすのりさんはアタシに『返事はいつでもかまいません。ぼくは、何日でも待つのでゼンゼン平気です。』と言って下さった。
どうしようかな…
やすのりさんとお付き合いをしようかどうしようか…
アタシは、その事ばかりが頭の中をかけめぐっていたので、なかなか仕事に手がつかなかった。
お見合いから３日後のことであった。
やすのりさんは、息子夫婦にアタシと再婚を前提としたお付き合いをしたいとお願いをしにうちに来ていた。
アタシはこの時、やすのりさんにお見合いの返事をしようと思っていた時であった。
アタシが家に帰ってきた時であった。
息子夫婦がデートのセッティングをしていたことを聞いたので、アタシはビックリしてしまった。
「えーっ!!もうデートのセッティングをしたってぇ～…ちょっとぉ、かあさんはまだやすのりさんに返事をしていないのよ…」
「かあさん、ごめんよ…やすのりさんは早く会いたいと言うていたので…デートのセッティングしちゃった…」
「気持ちは分かるけど、強引すぎるわよぉ…」
「義母(おかあ)さま、一度だけでもデートをなさってからお決めになられてはどうでしょうか？」
息子夫婦の言葉に対して、アタシはしょうがないわね…と言う表情になっていた。
やすのりさんは、一刻でも早くアタシに会いたいと言うていたので、アタシはやすのりさんとお付き合いを始めることにした。
11月の第２水曜日にアタシとやすのりさんはデートをすることになった。
ふたりの初デートは、松前にあるエミフル(フジグラン)でデートであった。
アタシは、いよてつ郡中線の古泉駅でやすのりさんと待ち合わせになっていたので、予定よりも少し早めの時間に来てやすのりさんを待っていた。
松山市駅方面からやって来た電車が駅のプラットホームに到着した。
電車の中から、エミフルに遊びに行く若者たちや家族連れのお客様たちがたくさん降りてきた。
アタシは、クリーム色のコートにギンギツネ(えりまき)をはおっていた。
デート着は、嫁が選んだ服でコーディネートしていた。
デート着を着たのは、19の時以来38年ぶりだから、アタシはドキドキしていた。
しばらくして、やすのりさんがダンディーなデート着でアタシのもとにやって来た。
「匠子さん。」
「あら、やすのりさん。」
「すみません、１便乗り過ごしてしまって。」
「いえ、アタシも今来たところですわ。」
「そうですか…それでは、行きましょうか。」
やすのりさんは、アタシの手をギュッとにぎりしめたので、アタシの乳房（むね）の奥でドキドキとした気持ちが起こっていた。
（ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…）
ああ…
やすのりさんが力強く手を握りしめているので…
ドキドキとした気持ちが、高鳴っているわ…
アタシは、ドキドキとした気持ちを抱えている中でやすのりさんと一緒に手をつないでエミフルのメインゲートまで歩いて行った。
ふたりは、ショッピングモールを歩いて、オシャレな店にちょっと立ち寄って、冬もののオシャレ着を試着したり、フードコートでマクドで買ったハンバーガーセットをふたりで食べながら楽しくおしゃべりをしたりなど…楽しいひとときを過ごしていた。
ふたりは、午後３時前までエミフルの敷地内でデートを楽しんだ。
その後、ふたりはいよてつ郡中線の電車に乗って、さらに遠出をした。
ふたりで海をながめながらお話がしたいと言うので、五色姫海浜公園の海水浴場まで行った。
海から吹いてくる風が少し強かったので、波は少し荒れていた。
ふたりは、海水浴場の桟敷席に座って海をながめながらお話しをしていた。
「匠子さん。」
「はい。」
「今度は…いつ会えますか？」
やすのりさんは、少しコチコチになった声でアタシに言うた。
「ぼくは…匠子さんのことが…好きになりました…本当です…匠子さん…ぼ…ぼくの妻になってください…」
やすのりさんは、どもり気味の声でアタシにプロポーズをした。
「やすのりさん…」
「匠子さん…匠子さんは…ぼくのこと…好きですか…ぼくには…匠子さんしか…いないのです…」
ちょっとぉ…
初デートでいきなりプロポーズだなんて…
早すぎるわよぉ…
アタシは、困った表情になっていた。
「やすのりさん。」
「はい。」
「ごめんなさい…」
「どうしたのですか？」
「アタシ…気持ちが…まだ…ごめんなさい…」
どうしよう…
アタシの心が…
ひどくドキドキしているみたい…
でも…
ダメ…
ダメだわ…
うまく言えない…
ごめんなさい…
すぐには…
返事ができないの…
アタシの心は、さらに動揺が高まっていた。
夜８時頃、アタシとやすのりさんは北持田町の分譲マンションの玄関の前にいた。
「送ってくださって、ありがとうございました。今日は楽しかったわ。」
「よかった…また、お電話いたします。」
その後、アタシは分譲マンションの玄関に行こうといた…
この時、やすのりさんは強引にアタシの身体を抱きしめていた。
「やっ、やすのりさん。」
「匠子…匠子…」
「ちょっとぉ、やすのりさん…ダメよ…人が見てるわよ…ん…んぐっ…」
やすのりさんは、アタシのくちびるに押さえつけるキスをした…
くっ…
苦しい…
苦しい…
（ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…）
この時、乳房（むね）の奥でより激しいドキドキが起こっていた…
激しいキスのあと、やすのりさんがデート着のスカートをまくり上げていたので、アタシは声をあげてしまった…
ビックリしてその場から離れたアタシは、やすのりさんにこう言うた。
「やすのりさん…やすのりさんのお気持ちはよくわかるけど…ごめんなさい…ごめんなさい…」
アタシは、やすのりさんにこう言った後、分譲マンションの玄関に向かって走って行った…
そしてアタシは、息子夫婦が暮らしている部屋に帰ってきた。
この時、息子夫婦の一家はまだ帰宅をしていなかった。
アタシはこの時、19の時に亡くなったダンナとの初デートで、梅津寺(ばいしんじ)の海岸で夕ぐれの海をながめながらふたりでお話をしていた時のことを思い出していた。
あの時、亡くなったダンナは何のフリもなくアタシを強引に抱きしめた後、キスをした。
アタシは、亡くなったダンナの強引さに負けて結婚を承諾した。
その時と重なっていたので、アタシはひどく動揺していた。
ごめんなさい…
やすのりさんの気持ちは分かるけれども…
何のフリもなく、キスをされたら…
アタシ…
ダメになってしまう…
それからまた３日後のことであった。
やすのりさんが、アタシにデートのお誘いの電話をかけてきた。
「もしもし…やすのりさんですか？」
「ああ、匠子さん…夜分遅くにすみません…今度のデートのことでお電話をしました…南町の方にオシャレなヨーロピアン調のレストランを見つけました…」
やすのりさんはこう言った後に、日時を指定してからアタシにこう言うた。
「匠子さんとふたりで晩ごはんを食べながら、いろんなお話がしたいのです…再婚後の生活のことや新居のことやハネムーンから…いろいろとお話がしたいのです…どうですか？」
アタシはこの時、上の空になっていてボンヤリとした表情になっていた。
「もしもし…匠子さん？匠子さん？」
アタシはこの時、はっとわれに帰った。
「もしもし…」
「ごめんなさい…アタシ…」
アタシはひどく動揺をしていたので、やすのりさんからのお誘いの電話の返事もしないまま受話器を置いてしまった。
アタシは、リビングにある冷蔵庫の中から紙パックのらくれん牛乳を取り出して、コップに注いでごくごくとのんでいた。
あ～あ…
アタシ…
せっかくのお誘いの電話を…
返事もしないまま…
断ってしまったわ…
この時アタシは、19の時に梅津寺の海岸で亡くなったダンナとのデートの時のことを思い出していた。
アタシと亡くなったダンナとの初デートで梅津寺パーク(遊園地・今は閉園して跡地公園になっている)に遊びに行った時のことであった。
帰り道に、近くの海岸で夕日をながめながらいろんなお話をしていた。
アタシは、亡くなったダンナに今度いつデートしようかなと話を持ちかけた。
亡くなったダンナは、何も言わなかった…
けれど、アタシに『帰したくない…』と言うて、アタシを力強く抱きしめて、キスをした。
同時に、アタシのヴァージンを奪った…
亡くなったダンナは、アタシのヴァージンを奪い取ったあと、アタシにプロポーズをした。
「オレは…女のコは…匠子しか知らないのだよ…オレの妻になってくれ…オレ…匠子のことが、死ぬほど好きなのだよ…」
アタシは、亡くなったダンナの強引さに負けて、結婚を承諾した。
アタシは、高校の時に付き合っていたカレシのことをまだ愛していたので、亡くなったダンナにそのことが言えなかった。
アタシは…
あの時どうして、亡くなったダンナに負けてしまったのかな…
その時であった。
息子夫婦と子供たちが外出先から帰宅をした。
リビングに嫁がやって来て、アタシに声をかけた。
「義母(おかあ)さま。」
「ゆかりさん。」
「どうかなされたのですか？」
「何でもないわよ。」
「さっき、やすのりさんとお会いしまして…」
「やめて!!」
アタシはこの時、思わず声をあげてしまった。
「どうかなされたのですか？」
「なっ、何でもないわよ!!」
「義母(おかあ)さま、この２～３日様子がおかしいみたいよ…」
「だから!!何でもないわよ!!アタシは疲れているのよ!!ひとりにさせて!!」
アタシはこう言うたあと、ダイニングから立ち去った。
アタシはその後、ひとりでお風呂に入った。
アタシは、ぬるま湯につかってぼんやりと考えごとをしていた。
アタシは、やすのりさんと出会った直後から胸の鼓動がひどく高鳴っていたのと同時に、亡くなったダンナのことを思い出していた。
アタシが亡くなったダンナと出会ったきっかけは、ダンナの知人からの紹介であった。
アタシは、高校の時に付き合っていたカレシが卒業後に東京にある大学に進学するために離ればなれになったので、気持ちがしくしくと泣いていた…
ダンナを紹介された時、ダンナの魅力に引き込まれて行った…
そして、亡くなったダンナの力に負けて結婚を承諾した。
そのあと、アタシの胎内には長男庄次を宿していた…
それから38年の時を経て、今度はやすのりさんとお見合いをして、お付き合いを始めた…
どうしようかな…
再婚しようかな…
いや、やめた方がいいかな…
アタシは、ひどく戸惑っていた。
それからアタシは、仕事に手がつかなくなるほど、気持ちがひどく揺れ動いていた。
アタシ…
やっぱりやめようかな…
やすのりさんと再婚するのを…
やめようかな…
ダメ!!
ダメよダメよ!!
アタシは…
ダンナが亡くなってから、８人の子供たちを立派な大人に育てることだけに集中してきたのよ!!
それなのに…
アタシは…
やすのりさんに恋をしてしまうなんて…
ああ!!
ダメよダメよ!!
アタシは８人の子供たちの母親なのよ!!
だから…
女には…
なれないのよ…
アタシは、何度も何度も繰り返して言い聞かせていた。
けれど、気持ちが恋に走り出していたので、どうすることもできなかった。
それからまた時は流れて…
クリスマスイブの３日前のことであった。
息子夫婦たちは、クリスマスは衣山にあるパルティの中にあるシネコンで映画鑑賞をする予定となっている。
この時、アタシは息子夫婦から松山全日空ホテルのディナーつきのペア宿泊券をプレゼントされたのと同時に、やすのりさんとのデートの約束が入った。
そして、クリスマスイブの夜がやって来た。
アタシとやすのりさんは、松山全日空ホテルのレストランで、クリスマスディナーを楽しんでいた。
ワインで乾杯をしたのち、やすのりさんはアタシにこう言うた。
「匠子さん、今日はまず大切なお話からさせていただきます…実は…私の三男が…やっと嫁さんをもらうことができたので、今日、入籍をしました。」
「おめでとうございます…これでやすのりさんも、ひと安心ね。」
「はい…これをきっかけに…ぼくたちも…再婚したいと思います…匠子さん…匠子さん…ぼくの妻になって下さい…ぼくは、匠子さんのことを思うと…」
この時、アタシはワイングラスをもつ手がブルブルと震えていて、ボルテージが高ぶっていた。
「匠子さん。」
「はい。」
このあと、やすのりさんはアタシに好きだと言うことを伝えたあと、アタシにこう言うた。
「匠子さん…匠子さんの気持ちを聞かせてください。」
言えないよ…
こんなときに限って…
やすのりさんのことが好きなことが…
アタシはこの時、やすのりさんのことが好きだと言うことが言えなかった。
それから一時間半後のことであった。
アタシとやすのりさんは、スイートルームにいた。
アタシはこの時、はおっていたギンギツネとコートを脱いで、白のブラウスとチェックのスカート姿になっていた。
やすのりさんは、改めてアタシに声をかけた。
「匠子さん、匠子さんの気持ちを聞かせてください…」
アタシはこの時、顔を真っ赤にしてこう言うた。
「ごめんなさい!!アタシは８人の子供たちを大人に育てることだけしか知らないので…女になることができません…ごめんなさい!!」
アタシはこのあと、部屋を飛び出した。
そして、クリスマス色にそまっている夜の街をトボトボと歩いていた…
アタシは、クリスマス色にそまっている夜の街を歩き回っていた…
気がついたら、堀ノ内公園の広場にある大きなクリスマスツリーのところまで来ていた。
アタシは…
どうしてやすのりさんにあんなことを言ったのかなぁ…
女にはなれません…
アタシって…
アホな女よね…
やすのりさんのことが好きなら好きだと言えばいいだけのことを…
アタシ…
クリスマスイブの夜に…
初めて気がついた…
恋の苦しさ…
恋のよろこびを…
始めて知ったことを…
やだやだ…
どうしてまた…
その時であった。
「匠子さん!!」
やすのりさんが全日空ホテルからアタシのことを探しにやって来た。
「匠子さん!!」
「やすのりさん!!」
「どうしたのですか？急に飛び出してしまったから…」
「アタシ…８人の子供たちを大人に育てることだけに生きてきたから、本当の恋なんか知らないのよ!!アタシは８人の子供たちの母親だから…女になれないの!!」
やすのりさんはこの時、今の気持ちをアタシにすべて伝えていた。
ひととおりやすのりさんの話を聞いたアタシは、やすのりさんの元へ行って、今の気持ちをすべて伝えた。
「やすのりさん。」
「匠子…」
やすのりさんは、アタシをさんづけから呼び捨てで呼んでいた。
この時、アタシの心の奥底に眠っていた女の願望が目ざめていた。
そして…
「好きなの!!…アタシ…やすのりのことが…好きなの!!」
アタシは、やすのりさん…ううん、やすのりに好きだと言う気持ちを打ち明けた。
「アタシ…今まで言えなかったの…どうして意地っ張りになっていたのか…自分でも分からなかったの…アタシ…知らないうちに…やすのりに恋をしていたの…最初のデートの時、アタシを強引に抱きしめたでしょ…その時から好きになっていたのよ…アタシ…男の人は…やすのりしかいないの…やすのり…愛してる…好き…だーいすき…やすのり…やすのり…ねえやすのり!!」
アタシは、力のかぎりやすのりに告白をした。
やすのりは、アタシを力強く抱きしめて押さえつけていた。
「匠子…匠子…ぼくの匠子…ぼくだけの匠子…」
「やすのり…押さえつけて…力強くもっと押さえつけて…」
「匠子…好きだよ…大好きだよ…ぼくのそばにいてほしい…匠子…匠子…」
やすのりさんは、力の限りアタシを押さえつけていた。
しばらく時間を置いて、少しずつ力をゆるめたあと、アタシにプロポーズをした。
「再婚しようか？」
「うれしい…うれしいわ…」
アタシはうれしくなったので、涙がポロポロとあふれていた。
そして…
「やすのり…キスして…」
やすのりはアタシを抱きしめた後、フレンチキスをかわしていた。
その瞬間、アタシとやすのりは再婚することを決めた。
アタシは、19の時から38年ぶりに好きな人とキスをした。
２度目のファーストキスは、アタシの人生の中でもっとも最高な記念日でした。
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