かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
第一章 パリで出会った彼
私は今、パリ郊外の小さなバーでひとりピンチに陥っていた。

「嘘、なんで? 財布が……ない!

ビールをレモネードで割った“パナシェ”が「支払いまだ?」とカウンターの上で催促している。
おかしいな、確かここのポケットに小銭入れを入れておいたはずなんだけど……。
スツールから立ちあがり、何度もジーンズや上着のポケットに手を突っ込んで探してみても、やはりそれらしい手応えはない。

初めはニコニコ顔だった小太りのマスターも、たった三ユーロを払うのにまごついている私を見て、徐々に訝し気な色を浮かべ始めた。

もしかして……。

アパートを出るときには確かにあった。となると考えられることはひとつ。

どこかですられた?

そういえば、バーに入る道の角でひょろっとした老人とぶつかった。よろよろして足元もおぼつかず、酔っぱらってるんだと特に気にもしなかったけれど……。

やられた……最悪!

いくら探してもないものはない。せっかく用意してくれたのに申し訳ないけど、事情を話してこのパナシェはキャンセルしよう。

ため息をついて、そう口を開けかけたときだった。

「マスター、これと同じものをもうひとつ追加で」

いきなり真横で日本語が聞こえて、ハッとなる。

百八十ほどはあるスラッとした身長の男性が隣に座ったかと思うと、私に向かって片目をパチリと瞑った。
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