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 次の日、昨日とうってかわって、部署の雰囲気がとてもよかった。男所帯でむさくるしさしかなかったところに愛衣さんが加わったことで、ほかのヤツらもどことなくご機嫌な様子に見えなくもない。

 新しいコーヒーメーカーで落としたコーヒーを、愛衣さんの手によって皆に運ばれる光景を目にしてるだけで、パソコン作業の手が自然と止まり、うっとり和んでしまう。

「須藤課長、コーヒーお待たせしました。熱いのでお気をつけください」

「ありが、とぅ……」

 自分の傍に愛衣さんがやって来たことにドキドキしてしまい、それを悟られないようにしなければと、顔を逸らしながらつっけんどんな物言いでお礼を言ってしまった。

「ぎゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 いつもは重役出勤している猿渡が珍しく出勤していたのだが、奇妙な高笑いをしてデスクに突っ伏する。

「猿渡さん我慢すれよ。俺だって笑いを噛みしめて味わってるのに、そうやって笑われたら無意味だろ」

「朝から無理やん、こんな苦行! 笑ったらいけませんのロケをやってるみたいや。なんで皆して笑わんの? どう見たっておかしいやろ」

「なにがどうおかしいのか、懇切丁寧に説明してくれ猿渡……」

 松本とのやり取りがあまりに煩いので、猿渡の背後に立ち、腰に手を当てて説明を促した。

「須藤課長、そんな近づかんといて。顔を見てるだけで、笑いそうやねん」

「俺の顔の、どこがおかしいんだ?」

「全部っ、ぶっひゃひゃひゃ!」

 猿渡の大爆笑に眉をひそめて、窓際にいる原尾を見たら、壊れたバインダーをバサバサさせながら、ひきつり笑いを見せないように、音もなくデスクの下に潜って顔を隠した。

 高藤にいたってはファイルで顔を覆い隠し、俺と絶対に目を合わせないようにする始末。松本なんて、パソコンのキーボードに顔をくっつけるくらいに突っ伏し、肩を震わせて笑いを堪えていた。

 唯一なにもしていないのは、山田だけ。大爆笑の渦の中、不思議そうな表情で愛衣さんが淹れたコーヒーを口にしていた。ゆえに謎過ぎる。

「ヒツジ、俺の顔になにかついてるか?」

「なにもついてません。あ、目鼻口はついてますけど」

「髪の毛が変とか?」

 指で髪を梳きながら問いかけても、首を横に振られてしまった。

「ちゃうで、ヒツジちゃん。須藤課長の格好いいとこ教えたらな!」

「えっ?」

 思わぬことを猿渡に強請られたせいか、愛衣さんは困った顔で俺を見る。

(愛衣さんの口から、俺の格好いいところなんて言われたりしたら、嬉しさのあまりに、だらしなくにやけてしまいそう)

「これ以上、やめておくんなまシーサー! 腹筋が崩壊すルンバッ!」

「マジでそれ。ダメだ、仕事にならないから、隣に移動して歓迎会の打ち合わせしようぜ」

 松本がパソコン持参で腰を上げたら、山田も仕方なさそうに席を立つ。

「山田はここに残って、手をつけてる仕事を続行してていいよ。確か急ぎの書類だったろ?」

 高藤がデスクにあった紙を見ながら指摘した。それは俺が作った仕事の進行表で、皆に渡しているものだった。

「はい、午前中までのものです」

「関連書類、ここまでしかやってないけど、参考にしてくれ。悪いな」

 高藤が部署から出る間際に、山田に書類を手渡してから、颯爽と出て行った。そのあとに続く形で、ほかのメンバーも足早に出て行く。

「騒がしいヤツらがいなくなって、本当に清々する」

 チッと舌打ち混じりに言い放ち、俺が自分のデスクに戻ったことで、愛衣さんが俺の格好いいところを言わなくて済んだことに、内心ほっとしたのだった。